金融庁の老後資金問題を基準となる人口推計から考える
金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループが6月に発表した報告書「高齢社会における資産形成・管理」が話題になっている。報告書で平均的な高齢夫婦の無職世帯の毎月の収入と支出の差、赤字額が約5万円になるため、超長寿社会を踏まえると、公的年金以外に老後資金として2,000万円が必要とした。単純計算で予想より30年以上長生きすることになる。ただし、経済成長が低迷を続けている財政要因もあり、寿命予測だけの問題ではない。
これに対して、公的年金で生活できないのは04年に自民・公明連立政権下で行なわれた年金制度改革「年金100年安心プラン」で、当時の自民・公明連立政権が説明していた内容と異なると反発が起こっている。現自民・公明連立政権は安心な生活を保障すると言っていないとしているが、そのように受け取られていたのは確かである。
ただし、国民が本当にそれを信じたか、また現在まで信じていたかは別である。現実にはGDP成長率はせいぜい1%台でしかなく、所得も増えない状況で、社会保障制度の改悪が続いているため、高所得者は別として、一般人でそれを信じて安心して生活している人はほとんどいない。それは長期的な消費の低迷が続き、消費者物価が上がらないことから明らかである。国民は生活を切り詰め、貯蓄に励んでいても2,000万円はほど遠く、または生活するだけで精一杯で貯蓄どころではない状態である。一般の人からはあり得ない金額と感じるのがほとんどであり、それが反発、怒りの背景にある。
年金100年安心プランと今回の報告書で明らかになった国民との乖離状態は、基本的に平均で計算していることにある。近年、特にアベノミクスによる金融緩和後の所得格差は一般的にも認識されているが、これは公的年金でも明らかである。国民年金は1か月あたり6万5,000円が上限といわれても、平均受給額は5万5,000円、夫婦で合わせても11万円にしかならない。持ち家かどうかでも異なるが、これに5万円を加えても、公的保険のほか、電力・ガス、水道、電話などの公共料金などの支出を考慮すれば、残りは食費でほとんど無くなり、余裕がある生活とは程遠いと推測できる。また、厚生年金でも男性で平均月額17万円弱、女性で同10万円強で、現在の高齢者で夫婦共に平均の厚生年金があれば、少しは余裕のある生活かも知れない。
ちなみに、日本銀行が事務局の金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査(2人以上世帯調査)」(2018年)の「老後の暮らし(高齢者は、今後の暮らし)」の問いで、「それほど心配していない」は19.8%しかなく、残りは「多少心配である」43.0%、「非常に心配である」36.2%となっており、非常に心配している世帯は3分の1以上もある。政府をそれほど信頼していなくても、将来不安がある中で責任放棄と受け取れる今回の政府発言への反発が強いのは当然である。
この報告書の目的は資産運用による自己資金で老後生活を送るように求めていると受け取れる。その背景には政府が約束するような経済成長が実現できず、年金不足に対して税収、また現役世代の年金負担も労働力人口の減少で増えない、財政面からの支払い能力に懸念が生じている。その一方で、高齢化が事前に推測した以上に進み、年金受給者が増える、つまり支給額が予想以上に膨らんでいることが挙げられる。需給両方の見込み違いが限界に近づき、報告書作成に踏み出したといえるが、既に遅すぎるという見方もできる。ただし、税制や財政支出面では何に支出するかは政治判断であり、この検討も必要になる。
ここでは年金支出額推計の基礎にしていると推測する国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口推計」の年齢3区分別人口(中位)推計と、実態とのずれの問題を考える。同研究所の人口推計は5年毎に実施される「国勢調査」をベースに毎回推計され、発表されているのは1995年の国際調査に基づく07年の平成9年1月推計(以下9年推計)からになる。ここでは10年間隔で06年の平成18年12月推計(同18年推計)、17年の平成29年4月推計(同29年推計)で推計値変化の推移をみる。実績、推計値はいずれも10月1日の人口である。
この変化で特徴として「0〜4歳」と「65歳以上」で分かれる。まず、「0〜4歳」の実績が出ている15年と18年は、9年推計よりも18年推計が低かった。これはこの15年11月1日付のこの経済レポートで指摘したように、結婚年齢の高齢化、未婚化によって出生数が減少し、その減少速度がより速いと18年推計は9年推計より悲観的に予測していた。ところが、20歳代の出産は大幅に減少したが、逆にそれ以前よりも30歳代、40歳代の出産が大幅に増え、15年と最近時の18年の実績に見られるように、18年推計ほどは低下しなかった。判断を誤ったためである。ただし、それでも減少傾向にあることには変わりはなく、40年、50年の推計値でも減少が続いている。
一方、「65歳以上」は推計が後になるほど上方修正になっている。原因は実績が推計を上回り続けているためで、後追い的に推計値を増加させている。「65歳以上」の高齢者が増える、つまり長寿命化が着実に進んでいるためで、医療技術の進歩だけでなく、健康に気を付ける人が増えている反映と推測できる。評価すべき結果である。
しかし、推計が後追い的に上方修正になっていることは、高齢化を進ませたくないという意図はなくても、年金は増やしたくないためではと邪推できる。もちろん、国立社会保障・人口問題研究所には関係ないことだが、年金財政からは高齢化が進まない方が望ましいからである。しかし、現実は長寿命化、高齢者人口の増加は進展するわけで、年齢に関係なく、就労意欲のあるひとに働いてもらい、その税収を年金資金に回す方が国民にも国にも望ましい。
ただし、高齢化すれば個人間で肉体的・精神的格差が大きくなることへの配慮が必要になり、就労意欲がある人をできるだけ週力可能にする努力が大切になる。高齢化しても働いて収入があれば、当然、それが一般の人には実現困難な資産2,000万円の代わりになる。そのためには働き方改革だけでなく、発展するIT、AIを活用すればその可能性が高まると期待できる。それが従来の推計以上に高齢化が進展していることから考えれば、公的年金財政問題の悪化速度を少しは弱める程度の効果しか期待できない。しかし、少なくとも実態に合わせた人口推計、財政予測でなければ、国民の信頼は得られない。
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