低成長下の労働者不足は労働時間短縮が原因
人手不足倒産が話題になるほど労働需給の逼迫が深刻化しているが、経済成長は低水準の推移である。実質GDP成長率はリーマンショック後の世界不況の影響で2008、09年度に2年連続のマイナス成長後、10年度から3.2%増、0.5%増、0.8%増、2.6%増、0.3%減、1.4%増、1.2%増、そして17年度速報は1.6%増の推移である。比較的高い成長があっても、それは1年だけで終わり、基調としては1%台程度の成長でしかない。
企業は常に労働生産性向上に務めており、従来であれば1%台程度のGDP成長は労働生産性の向上で吸収され、労働力需要の増加効果はほとんど無いと考えられる。逆に、労働需要は減少し、失業問題が深刻化しても不思議ではない。ところが、現実には有効求人倍率(含むパート)はマイナス成長を記録した14年度に1.11まで改善し、求人数が求職者数を上回った。その後も倍率は上昇を続け、17年度は1.54にまで達している。最新の18年5月実績は1.60である。また、当初はパートの求人の伸びが目立っていたが、最近では正職員の求人も増え、17年度のパートを除いた有効求人倍率は1.41と高水準に達している。パートを含めた倍率よりは低いが、求人難状態にあることでは変わりはない。
GDPが伸びなくても雇用が拡大する要因としては、GDPが付加価値であるため、産業構造が低付加価値で雇用吸収力の高い、労働集約型産業の比重が高まる方向への産業構造変化が考えられる。また、産業構造は変わらなくても、パート雇用が伸びているように、短時間労働者の増加から、結果として経済成長に対して、相対的に雇用の伸びが高くなっている可能性もある。
どの要因に依るかは産業別の労働時間の推移によって判断できる。就業者の9割近くを占める雇用者の年間労働時間が内閣府「国民経済計算」で公表されている。16年度までの数字しか分からないため、雇用者数が近年の底だった11年度から16年度までの5年間でみると、全産業平均は1,779.5時間から1,738.1時間へと2.3%減、年率0.47%減である。
この5年間の労働時間は毎年減少で、この間で比較的高成長だった13年度も労働時間が短くなっていたのは注目される。ただし、その前年の10年度から11年度にかけては年間1,775.4時間から1,779.5時間へと増えていた。ちなみに、この11年度からの5年間で、全体の雇用者数は5,648万人から5,890万人へと4.3%増、年率0.84%増で、人口減少傾向の中でも高齢者や女子の就業率が高まることで就業者数は増えている。
景気変動と労働時間、雇用者数の関係は、不況期には仕事がないため労働時間、雇用者は減少する。そして、景気が回復に向かって仕事が増え始めても、当初は労働時間の延長で対応する。その後も景気回復が続き、上昇してくれば、労働時間の延長では対応できなくなり、雇用を増やす。一方、労働時間の増加は頭を打つようになる。
従来であれば、このような労働時間と雇用者数のサイクルになるが、近年はこの関係が崩れている。16年度の有効求人倍率はパートを含めて1.39、パートを除けば1.23であり、人手不足倒産が話題になり始めた17年度より低くても、労働力不足状態であることに変わりはない。当然、採用が困難な労働市場の状況であれば、労働時間が減ることは考え難い。
ただし、産業別では少し様相が異なる。主要産業の中で、製造業の年間労働時間は12年度を底に15年度まで増加してきたが、16年度は前年度より4.9時間減少して1,953.3時間である。うち、自動車産業の比重の高い輸送用機械はこの5年間増加しており、16年度は2,054.9時間になっている。これでもかつては2,100時間を超えていたことから考えれば、高水準とはいえない。
また、景気対策やオリンピック需要で人手不足が深刻といわれる建設の年間労働時間は、14年度までは増加していたが、15、16年度は2年連続の減少である。それでも、16年度で2,044.5時間にもなり、輸送用機械に近い。この間は2,000時間を超えており、長時間労働産業の代表になる。長時間労働では運輸・郵便業も同様だが、減少を続けて6年度は2,019.0時間である。17年度には宅配便ドライバーの労働問題が発生するほど長時間労働への反発は強く、2,000時間を切るのは近いのではないか。産業・企業のイメージとしても2,000時間大台を割り込む効果は大きく、早ければ18年度にも実現するかもしれない。
これらに対し、もともとパート労働依存率が高く、平均では大幅に労働時間の短い卸売・小売業や宿泊・飲食サービス業は、一段と減少が続いている。消費者の節約行動を反映して、価格引き下げのためのコスト削減努力の反映と推測できる。パート労働比率を高めるだけでなく、パート賃金が上昇しているため、労働時間をできるだけ減らす努力をしている影響ではないか。
全体としてみれば有効求人倍率の上昇にみられるように、採用が困難になっている中で、各産業・企業は労働時間の短縮に務めているといえる。その背景にはブラック企業批判、過労死問題などから長時間労働への社会的関心が高まってことが挙げられる。加えて、行政の指導が厳しくなっている影響も考えられる。また、人口の減少が続く新卒者は長時間労働企業を避ける傾向が強まっており、その採用対策も考えられる。いずれにしても労働時間短縮努力は今後も続けられると予想でき、そのためには雇用を増やすか、労働生産性の向上が必要になる。労働生産性の向上が短期的には難しければ、雇用増しかなく、それが低成長下での労働市場の逼迫現象をもたらしていると考えられる。
そのいずれも困難なために、経営者は労働時間を意識しなくて済む、働き方改革の高度プロフェッショナル制度導入を求めているのであろう。それが実現しても、多くの労働者が対象になるまで賃金水準引き下げなければ、経営者にそれほどメリットはない。メリットがでてくる水準にまで引き下げられた場合、高プロ社員の多い企業は実態としてブラック企業になるが、それで企業が発展するとも思えない。
JUGEMテーマ:経済全般