輸出にみる為替レート変動の影響
2008年9月の米国のリーマン・ショックに続いて、欧州ソブリン危機(ユーロ危機)が発生した。これは09年10月のギリシャの政権交代によって、同国の財政赤字がそれまで公表されていた数字を大幅に上回ることが明らかになったのを契機に、欧州全体に広がった金融システム不安である。これを受けて、円の対ドルレートは07年7月頃から徐々に円高傾向にあったが、08年10月頃から円高が加速した。1ドル=100円を割り込み、11年央には70円台にまで進んだところで頭打ちになり、12年末頃まではほぼ横ばいの80円前後の推移になった。
円高は欧州ソブリン危機が最悪期を脱出するまで続き、12年12月の第2次安倍政権の発足、日本銀行総裁に就任した黒田東彦氏が13年4月に発表した異次元の金融緩和施策で円安基調に転換した。そして、13年11月からはそれまでの一進一退から、100円を上回る水準が定着した。そして、16年頃からは基調変化も見られるが、まだ100円を下回る円高までにはなっていない。
前回の円高時には、輸出産業は国内では採算を採れず、海外に流出する。逆にその後の円安時には、海外に立地した工場が国内に戻り、その効果で日本経済は成長するという意見が出ていた。しかし、日本企業の海外立地戦略はそれ以前から、低賃金労働力確保を目的とする発展途上国から、現地のニーズに合った製品を生産するための市場立地に変わっているため、為替レートの影響をあまり受けなくなっていると、この経済レポートで指摘してきた。今回のこの経済レポートはそれを財務省「貿易統計」で確認する。
既に、日本に工場が戻って国内生産増になり、経済成長の加速もないことが明らかになり、円安による国内生産拡大を期待する声も小さくなっている。実態が明らかになってきただけでなく、最近では国内の労働力不足が深刻化し、雇用増に結び付く工場立地問題に関心が薄れたこともある。
為替レートの立地への影響は経済産業省「工業統計」が利用できるが、発表されているのは15年のデータまでである。為替変化が立地に影響するまでには数年かかり、円安定着の13年頃からの2年ほどしか経っていない15年では、ほとんど円安の影響が現れていないと考えられる。このため、17年度が発表されている貿易統計の輸出資料を使って、為替レートの影響の有無を判断する。円高で海外立地すれば輸出は減り、反対に円安で国内に戻れば増加することになる。
もちろん、為替レート変化は価格面での国際競争力にも影響するが、現実には輸出市場を維持するために、円高時に価格競争力維持のために現地価格を上げない価格戦略を採られることが多い。逆の円安時には現地価格を引き下げて輸出量を増やすよりも、価格を引き下げない、つまり、いずれにおいても現地価格はあまり変化させない輸出戦略である。それが最近のように円安になれば、輸出企業の高収益をもたらすことになる。
貿易統計の主要輸出商品別の金額構成比の推移で、方向が明確なのは電気機器の減少傾向、反対に自動車部分品と化学製品の増加傾向である。これら以外は年によって上下し、その変動の方向は為替レートと関係ないのが特徴として挙げられる。結局、これらの商品はその時々の輸出先市場の需要変化を反映していると推測できる。
減少基調にある電気機器は、労働集約型の組み立て分野と半導体産業に代表される技術集約型の両方の産業分野が存在している。労働集約型の分野では以前から低賃金労働力の確保を目的に東南アジアや中国などへ生産拠点の移転、海外立地が進んできた。ただし、これは80年代で終わっている。つまり、為替レートとは関係なくなっており、その後は技術集約型の先進的な分野が問題になる。この分野で急速に韓国、そして中国が台頭し、日本企業の市場が蚕食されている。ここでは資本力や技術力による競争になり、為替レートには関係なく最近の円安にもかかわらず、下降傾向を余儀なくされている。
一方、自動車部分品の増加は80年代の日米自動車摩擦問題を契機に完成車の海外生産が増え、主要部品は日本から供給する構造になっているためである。それでも、人口の減少でピークを越えた国内需要に対して、その減少分を輸出で補って国内生産を維持しようとするため、完成車の自動車輸出は輸出先の需要によって上下しても、基調は横ばいか微増程度と変化は小さくなる。
また、化学産業は装置産業で海外立地が難しい。それでも、近年は価格の安い原料の原油・ガス確保を目的として、中近東を中心に進出が目立っていても、為替レートとは関係ない。かつ、化学産業は技術集約型産業であり、技術力によって国際競争力を維持できる。例えば電機機器の液晶や有機ELのディスプレイ装置は韓国に負けるようになっているが、液晶や有機ELに使う化学製品は日本製で、技術力が問われるこれらの製品は為替レートの影響は小さい。
以上のように輸出商品別の動向とその要因から、為替レートの変化が工場立地にほとんど影響しないことが分かる。今後、足元の1ドル=100円台の水準が維持されるかどうかは不明だが、現状の水準は輸出企業の高収益から評価すれば円安と言える。今回の円安は13年頃から始まっており、長期間続いていることになる。トランプ米大統領は円高を望んでいるといわれ、いつ急速な円高基調に転換してもおかしくない。その時に再び国内製造業の崩壊という見方に惑わされる事態だけは避けたい。
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