スポンサードリンク

東日本大震災からの工業復興でも福島県が遅れる

 2011年3月に発生した東日本大震災から4年経ったが、住民の生活や放射能汚染の問題が残る第一次産品に関しては復興からはまだほど遠い状態にある。震災当時は生産を停止した被災地域の工業製品を使っていた他地域の生産にも影響が出たため、被災地の工業生産の状況にも注目が集まった。

 日本全体では景気との関係で変動するため、判断は難しいが、鉱工業生産指数の推移からみて、震災後1年も経たないうちに工業生産はほぼ復活したといえる。日本全体ではそうであっても、震災地域の減産分を内外の工場で増産して補うことは可能であり、被災地域の生産は同様とはいえない。そして、それが長期化、永続化し、被災地では復興が遅れたり、復興が放棄される事態も想定できる。

 ここでは経済産業省「工業統計表」で震災の打撃が大きかった青森、岩手、宮城、福島、茨城の5県の工業出荷額等(以下、工業出荷額)から震災の影響を推測する。ただし、工業出荷額は製品の価格変動、特に原油、工業製品では石油製品のように変動が大きければ、その影響を受ける問題がある。また、出荷額は景気による変動もあるため、対全国シェの推移から復興状況をみる。

 ちなみに、工業出荷額の震災前の先行ピークはリーマンショック前の07年の337兆円で、統計が公表されている13年までの7年間の推移は、08年336兆円、09年265兆円、10年289兆円、11年285兆円、12年289兆円、13年290兆円である。この間の推移から明らかなように、リーマンショック後の世界的な不況による内外需要の減少、そして、それに伴う原油をはじめ国際商品市況の大幅下落、為替レートの円高の影響の方が震災より遙かに大きい。

 07年工業出荷額の5県の対全国シェアの順は茨城県の3.78%から青森県の0.49%まで、北に行くほど下がり、5県計で7.95%になる。その後の5県計の対全国シェアは08年7.75%、09年7.88%、10年8.00%となっており、震災までは7%台後半(10年は7.997%)内に収まっていた。

 震災のあった11年は7.35%と落ち込んだが、12年は7.90%と08、09年を上回り、13年は7.94%であり、復旧といえる水準である。生産機能は大規模プラントでなければ、建物の崩壊や機械設備が傷んでも、1〜2年もあれば復活できることが窺える。

 一方、県別では全ての県で復旧とはいい難い。この7年間で震災前後の対全国シェアのピーク比較をすると、茨城県は前の07年の3.78%に対し、12年に3.84%、宮城県は10年の1.23%を13年に1.28%で上回っている。また、岩手県は07年の0.782%を13年でも0.776%と僅か、青森県は09年の0.55%を13年で0.52%と下回っている。ただ、岩手県や青森県は震災前水準を回復していなくても、その差は小さく、ほとんど復旧といえる。

 これらに対して、福島県は08年の1.78%から11年には1.52%に、0.26ポイント落ち込み、13年に回復しても1.63%で、11年から0.11ポイント回復しただけで、減少幅の半分にも達しない。例えば、宮城県は震災前ピークの10年の1.23%から、11年は0.97%、0.26ポイントと落ち込み幅は福島県と同じだが、減少率でみれば上回る。しかし、13年には10年を超えている。

 5県の中で福島県の回復の遅れが顕著である。要因としては、地震や津波が特に福島県で酷かったわけではないため、放射能汚染が挙げられる。地震や津波で設備や建物が壊れても1、2年で元に戻せるが、放射能汚染の影響は長期化が避けられない。放射能汚染対策で洗浄が行われ、汚染基準を下回るまで削減できても、従業員が確保できるかどうかの問題がある。従業員からみれば、放射能に対して不安がある限り、特に子供がいたり、これから結婚する若年労働者は働きたくないであろう。その対策として労働条件で補うことも想定できるが、企業間競争を考慮すればそれは難しく、復興が遅れるのは当然といえる。


図 東北・関東5県(青森・岩手・宮城・福島・茨城県)工業出荷額等の対全国シェアの推移


経済の視点
コミュニティー・プランナーズホームページへ戻る

JUGEMテーマ:ビジネス
| 2015年03月31日 | 景気 | comments(0) | - |
スポンサードリンク

コメント
コメント投稿フォーム:
 上の情報を次回も利用する
Copyright (C) 東日本大震災からの工業復興でも福島県が遅れる | 経済への視点. All Rights Reserved.