維新の大阪の経済政策は効果があったのか
大阪維新の会が推進していた政令指定都市の大阪市を廃止し、4つの特別区に再編する、いわゆる「大阪都構想」の賛否を問う住民投票が11月1日に行われた。前回の2015年5月に続いて否決され、その要因に関して解説は多くても経済面からは目にしない。橋下大阪府知事が就任したのが08年2月であり、維新政権は08年度から現在まで続いていたわけで、少なくとも19年度までの12年間の実績がある。また、橋下氏が大阪市長に就任したのは14年2月であり、14〜19年度の6年間は大阪の知事と市長が協力して政策を進められていたと判断できる。
大阪維新の会のマニフェストによると 大阪の経済成長戦略として「大阪は世界に通じる都市としてのポテンシャルを有しています。しかしながら、府と市の縄張り争いにより、そのポテンシャルを十分に発揮できない状況が長らく続いてきました。府市一体となった成長戦略を展開し、多様な相乗効果を生み出すことで大阪の成長を強力に進めていきます」としている。6年もあれば大成果までは無理でも、一定の成果を挙げるには十分な期間である。
維新の経済政策に対する評価は大阪府経済動向を他都道府県と比較するのが客観的になる。その資料として内閣府が発表している「県民経済計算」が最適になる。ただし、これは集計に時間が掛かるため、10月に発表された最新のデータで17年度と遅い問題があり、大阪の知事と市長が協力関係の実績データは4年間に留まる。
国でいえばGDP(国内総生産)になる県内総生産(名目)で大阪府のシェアをみると、全国47都道府県を合わせた県内総生産合計に対する大阪市のシェアは、橋下大阪府知事政権が始まった08年度からの10年間は、上下変動を伴いながら趨勢的には微減傾向にある。最新データの17年度は16年度から持ち直しているが、構造的に持ち直す要因は見当たらないため一時的現象に終わると予測できる。
実額ベースでは先行ピークが07年度になり、この年度の県内総生産合計は552兆4,051億円で、17年度になってようやくこの水準を上回る561兆5,233億円になったが、10年間の成長率でみれば1.7%増でしかない。大阪府総生産も先行ピークは07年度の39兆9,291億円になり、17年度は40兆700億円、10年間の成長率は0.4%増となんとか水面に出たという程度である。
大阪府は高度成長期から工場の地方移転、さらには本社機能の東京への流出、成長するサービス産業の東京・東京圏への一極集中などの影響を受けて長期的に衰退、じり貧傾向にある。このような日本の構造変化から考えれば、この間の大阪府の総生産にみる経済の地盤低下は単純に維新の政策にあると批判はできない。
しかし、このような長期的な大阪をなんとか立て直して欲しいと願う大阪府・市民が維新政権を選択し、維新はそれが可能という幻想を振りまくことで、知事、そして市長の座を独占してきた。2度にわたる大阪都構想の否決は僅差であったことから推測すれば、完全に維新への幻想から冷めたわけではなく、一定の疑問を持ちながらも、多くの府・市民は現在でも支持している状態にあるといえる。当然、大阪経済復活に成功していれば、大差で可決されたと予想できる。
また、府ベースでみた総生産のマクロ統計情報は府・市民に身近なものではないため、意識し難いのが実態である。それが個人の所得、つまり自分の懐にまで目に見える形で影響してくれば、状況は変化してくると予想できる。それは一人当たり府民所得や一人当たり雇用者報酬でわかる。府民所得は個人だけでなく企業所得なども含むため、収益の大きい大企業が立地している都道府県が高くなる。
このなかで特に、一人当たり府民所得の下落が顕著である。既に09年度段階で対全国比は99.7%と全国水準を下回り、その後は上下に変動はあるが全国平均以下の推移で、17年度は16年度の同94.5%より戻しているものの同96.3%に留まっている。また、雇用者の個人ベースの所得になる一人当たり雇用者報酬(現金給与のほか現物支給や企業が負担する社会保険料などを含む)は17年度でも全国比102.2%で、全国水準より高いが、長期的に下降傾向にある。これまでの推移から推測すれば、足下の20年度にはそれを下回る、つまり府民は全国平均以下の報酬しか貰えなくなっている可能性がある。
対全国比での一人当たり府民所得と一人当たり雇用者報酬の乖離は、府民所得に含まれる企業所得や個人事業主などの収益性が低いことを反映している。特に、企業所得は大企業ほど高いことから考えれば、大企業の本社機能の東京流出や成長するサービス業の大企業が東京・東京圏に集積している影響が大きい。
この要因は基本的に日本の構造的な問題に依るが、これを踏まえた政策でなければ、有効な経済成長戦略にはならない。その結果として、維新の長期政権下で大阪府経済が地盤沈下から脱せない現状がある。結局、それまでの大阪経済政策と比較して、維新の政策がより悪かったとは言えなくても、特に効果はなく、評価できるものではないと判断できる。
維新の政策の第1に掲げられているのが府と市の二重行政の解消で、この趣旨に反対する人はいない。しかし、その事例が府と市の2つの高層ビル建設では説得力が無い。同じ地域に競って建設したのであれば有効な事例になるが、別の地域にそれぞれ異なる目的で建設され、単にそれぞれが過大なビル需要を見込んで建設した失敗事例でしかない。
自治体の長、首長は一般的に在任期間中に記念物、それもできるだけ巨大なものを作りたがる傾向にあり、需要を過大に見込んだ施設が建設されることはよくある話である。府と市が一体になっても2カ所に必要となれば、同じように無駄な高層ビルが建設されたと予想できる。それよりも維新が力を入れているIR(統合型リゾート)や大阪万博の方がより大きな失敗事例になる可能性がある。
もともと、このような事例しか挙げられないことから推測すれば、現実に二重行政による大きな無駄遣いは無い、つまり、実態は都構想が実現しなくても二重行政による無駄遣いを避ける行政が行われていることになる。逆に、大阪都構想のための住民投票の費用は発生し、可決されていれば組織改革に伴う費用も必要になるわけで、費用対効果から判断して、効果が費用を上回るとは考えられない。現状の維新の政策を前提にすれば、大阪都構想の実現、府と市の組織形態とは関係なく大阪経済の復興はない。都構想の否決は良かったが、今後も大阪経済の地盤沈下が続くことを考慮すると、維新が主張を変えるか、または維新に代わる新たな政党が出現するかは別として、冷静に実態を分析して政策を考える政党が求められる。一方、府・市民は根拠のない主張に惑わされないことが大切である。
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地域間経済格差問題を産業動向から考える
自民党総裁選挙で石破氏が党員票で善戦したことから、地域間経済格差への関心が再び高まっている。地域間格差問題は以前から取り上げられ、1960、70年代は工場の地方分散や地方重視の公共投資の効果から、格差解消に向かうのではと期待されたこともあった。しかし、これは一時的な現象で終わり、80年代以降は為替レートの円高による国内生産の価格競争力の低下や、輸出品の国内生産から輸出先生産への生産戦略の転換などによって、工場の国内から海外移転が進んできた。また、財政問題から公共投資も抑制されるようになり、地域間経済格差が拡大し、再度、注目を集めるようになっている。
今回の景気回復局面においては、国民全体への回復効果が波及せず、日本の人口減少下での格差拡大で、地域社会の存続を懸念しなければならないところも増えている。対策を考えるために、格差拡大要因を内閣府「国民経済計算」の経済活動別国内総生産の実質産業生産額から分析する。
経済活動別国内総生産は暦年で発表されており、実質国内総生産(2011年価格)は先行ピークが2007年の504.8兆円になり、その後は2年連続で減少して09年の472.2兆円で底を打ち、10年は492.0億円に回復したが、11年には491.5兆円に微減になった。それ以降は回復、拡大を続け、13年に508.8兆円で6年振りに先行ピークの07年を上回り、16年は522.5兆円である。ちなみに、16年は先行ピークの07年比3.5%増、ボトムの09年比10.7%増である。
主要な産業(実質生産額)では情報通信業、不動産業、教育、保健衛生・社会事業の4産業がこの間の景気変動に関係なく、趨勢的に着実に成長している。また、製造業、建設業は底の年がそれぞれ09年、19年と差はあっても、ほぼ景気循環に合わせて回復・拡大基調にある。これらの産業が今回の景気回復を支えてきた産業になる。これら以外では、金融・保険業が景気循環に沿った動向になっていたが、16年は前年比でマイナス成長になっており、政府の異常な低金利政策の悪影響が表面化している。
これら6つの成長産業の要因はそれぞれ異なる。成長を続けている情報通信業は現代の技術革新の中核を担い、成長産業の代表である。今後も成長が期待される産業である。情報通信産業が集積しているのは人材が集まる大都市部になる。
不動産業は金融緩和、異常ともいえる低金利政策、相続税対策で大都市部を中心に国内需要が増えている。それに加え、海外からも不動産投資が活発化しており、比較的高い成長が続いている。ただし、相続税対策の賃貸アパート・マンションは供給過剰が表面化し、18年にピークを過ぎており、中国からの不動産投資も冷え込み傾向にあるため、遅くとも09年には減少が予測される。
教育は出生率の低下で若者人口が減少しており、受験や学校教育の分野の伸びは考えられないため、社会人や高齢者に対する教育産業による成長と推測される。となれば、これもユーザーが多く、その求めに応じられる幅広い分野の専門家が存在する大都市部に産業が集積する。
保健衛生・社会事業の中身は医療、介護、社会福祉などで、高齢化時代に医療と介護が成長分野になっている。07〜16年間で30.8兆円から36.9兆円と20%増になっており、これらの産業の中で最も成長率が高い。ちなみに、2位は不動産業の56.9兆円から62.9兆円の11%増である。高齢化では地方が先行しているが、現在進行しているのは大都市部になり、需要の伸びも高い。
つまり、これらのサービス産業は地域間格差拡大の促進要因になっており、不動産業を除いて景気循環とは関係なく、人口構成から今後も格差を広げる要因になる。
景気によって変動している産業で、製造業は輸出の影響が大きく、リーマン・ショックの影響が終焉し、最近は世界景気の拡大で伸びが高まっている。それでも国内での大規模な新規工場建設は見当たらず、輸出増への対応は既存設備の能力増や既存工場での設備増強が中心になっている。地方工場の閉鎖も一巡傾向であり、輸出の増加は地方工場、地方経済にも波及効果はあると推測される。
しかし、国内の製造業を支えているのは研究開発部門や高度な生産技術を要する分野であり、これらは大都市部かその周辺に立地している。製造業の成長は特に地域間格差を拡大しなくても、縮小させる効果は弱く、良くて中立的と考えられる。もちろん、製造業の生産が長期的に増え続けることは期待できず、世界の景気が転換して輸出が伸びない状況になれば、生産も減少する。
建設業は11年の関東大震災後の復興投資で東北で需要が増加した。その後はオリンピック需要が東京を中心に、また都市再開発、住宅建設も活発化し、大都市部の中心地域で盛り上がっている。建設需要は最近の地域間格差の拡大要因と判断できる。ただし、住宅建設は18年には一巡傾向になっており、オリンピック需要も19年にはピークを過ぎる。一方、景気が順調といっても実質GDP成長率は年率1%台であり、政府は景気対策のために公共投資に積極的な姿勢を変えないと推測できる。それでも、財政難では限界がある。
また、金融・保険業は資産運用の重要性が増していることから考えれば、成長が見込める産業だが、現実はそうではないのが生産額の推移から明らかである。今後の動向は不明だが、金融・保険業が成長するとすれば、人材が集まっている大都市圏、特に東京圏を発展させる要因になり、地域間格差拡大を促進することになる。
以上から判断すれば、不動産業を除いて基本的に成長を続けている3つのサービス産業需要の特性から、人口が集積し、サービスを提供する人材が豊富な大都市部が相対的に成長すると予測でき、地域間格差の拡大が今後も続く見通しになる。もちろん、大都市部から地方に移住したい人や地方に住み続けたい人は存在する。また、この傾向が環境問題、国土保全、食糧自給などから望ましいは思えない。地方では仕事が少なく、所得水準も低ければ、現在の地域間格差拡大の傾向が続くことになる。対策が必要で、地方で生活したくなるように、低家賃の快適な生活ができる公共住宅の提供、公共施設の充実などの一方、地方でも作業が可能な国の仕事は、効率が悪くても地方企業に発注するなど、生活環境の改善と就労の場の確保が必要になる。
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復帰40周年を迎えた沖縄県経済の現状と課題
まず、内閣府「県民所得統計」で1人当たり県民所得の全県計(全国)に対する沖縄県の水準は、復帰年の1972年度の58.1%から75年度の73.9%まで急上昇し、その後は一進一退の65〜73%で推移する低所得県である。この間、72年度が過去最低、75年度が過去最高記録になり、不況期に高く、好況期に低いという特徴があるが、これは低所得県で共通にみられる現象である。理由は、好況期には大都市部の所得が増え、不況期には逆になるためである。ちなみに、この統計の最近時の2009年度はリーマン・ショック後の不況期に当たり、73.3%と比較高い。
沖縄県の1人当たり県民所得の全国での順位は最下位が多く、最下位を脱しても下から2番目か3番目で、長期的に低所得県である。同様の低所得には青森県、高知県、宮崎県、鹿児島県などがあり、いずれも地理的に中央から遠い県という共通項がある。産業構造は基本的に工業化が遅れている県になる。
この推移からみると、復帰で沖縄県は所得水準が上がったものの、一時的な効果でしかなく、長期的に低位横ばいに留まっている。また、復帰時においても米軍基地が縮小し、基地経済効果が減少すれば、沖縄経済は悪化するという見方があった。実際、沖縄県の統計資料によると、県民総所得に対する軍関係受取(米軍用地料、軍雇用者所得、軍基地内での建設工事、米軍等への財・サービスの提供など)は72年度の15.5%から減少してきた。77年度には8.6%と10%を下回り、80年代末から90年代央は5%を割り込んだ推移で、その後は持ち直しても5%台前半の推移である。
現状は、72年度からみれば10ポイントほども下がり、それでも県民所得から判断すれば、県全体としては経済への影響は軽微だったといえる。今後も、米軍基地が縮小してもなくなるわけではなく、縮小した水準から減少しても、県経済に深刻な打撃があるとは思われない。
もちろん、復帰に伴う沖縄振興計画で公共投資が行われ、それが沖縄県経済を下支え、牽引してきた効果は否定できない。現在ではインフラ整備が進み、また財政難下でかつてのような公共投資効果は予想できないが、すでに公共投資の比重も低下しており、影響力は弱まっている。
県内総生産(内閣府「県民所得統計」)に占める建設業の割合は90年代までは10%を越えていたが、2000年代に入って10%を割り込み09年度は8.6%である。ちなみに、同年度の全県計の建設業は5.0%と低く、沖縄県の建設業の高さが目立つが、これは他の低所得県でも同様である。
一方、米軍基地のマイナスを埋め合わせる産業として観光に期待する意見もある。これも沖縄県統計資料で県民総所得に対する観光収入比率の推移をみると、沖縄国際海洋博覧会が開催された75年度の12.7%がピークで、これが1人当たり県民所得の対全県計比の最高記録をもたらした。最近は10%前後の推移であり、この状況では観光に沖縄県経済の牽引役を期待するのは難しい。
沖縄県の県内総生産で比率を高めているのはサービス業で、09年度は29.1%を占めている。主要産業の中で最も高く、かつ、全県計の23.9%を大きく上回っている。沖縄県のサービス業は71年度は9.8%でしかなく、同年度の全県計は10.2%で09年度とは逆に沖縄県を上回っていたので、全国的にみても成長率も高い。一方で、サービス業に含まれる観光の収入は増えていないため、それ以外のサービス業が伸びていることになる。例えば、政策効果もあってコールセンターの沖縄県への立地が進んでおり、この点ではサービス業振興が一定の成功を納めている。
ただし、1人当たりの所得が伸びていないことは、集積しているサービス業が低賃金労働を目的に立地している産業になる。それでも、米軍基地からの収入の落ち込みを補った公共投資に代わり、サービス業は県経済を支えてきたわけで、米軍基地のさらなる縮小を乗り越えられる自信にもなる。そして、今後は既存、新規を問わず、サービス業も含めて産業の付加価値を高め、所得水準の向上を図ることが課題になる。
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