安倍政権の経済政策、アベノミクスの結果は国葬に値するか
銃殺された安倍元首相の葬儀を9月に国葬にすると閣議決定されたが、多くの反対意見がある。分野によって評価は異なると思うが、経済政策のアベノミクスをGDP統計で評価し、国葬に値するかどうかを考える。アベノミクスは金融緩和で流通するお金の量を増やし、デフレマインドを払拭する「大胆な金融政策」、政府が自ら率先して需要を創出する「機動的な財政政策」、規制緩和等によって、民間企業や個人が真の実力を発揮できる社会にする「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢からなる。当初から金融・財政政策のマイナス面を懸念する声はあったが、日本経済に閉塞感が漂う中で、これらの大胆な経済政策への期待は大きかった。
第2次安倍政権が発足したのは2012年12月、安倍首相よって日本銀行総裁に黒田氏が就任したのが13年3月、そして同年4月に異次元といわれる「量的・質的金融緩和政策」が導入されたことから考えれば、13年度がアベノミクスの開始年と判断できる。
一方、安倍首相が辞職したのは20年9月、また、ダイヤモンドプリンセス号内で新型コロナウイルス感染症の集団発生が発生したのはその半年ほど前の同年2月、コロナ対策の緊急事態宣言が最初に行われたのが同年4月であった。コロナによる異常事態は20年度からになり、この年度を除いた19年度まではアベノミクスの下で経済運営、つまり安倍元首相の責任期間と判断できる。
12年度を基準に19年度までの7年間の日本経済の実質GDP成長率は年平均で1.0%増でしかなく、19年度が景気後退期でマイナス成長であったことを考慮して18年度までの6年間の平均成長率でみても1.2%増でしかない。年率1%前後の経済成長でしかなく、低成長からの脱出には成功できていない。アベノミクスが経済成長を高められなかったことは以前から指摘されている。
海外の経済環境は08年のリーマン・ショックを契機とする世界的な大不況があり、そこからの回復が10年の欧州ソリブン危機(または債務危機、通貨危機)で一時中断したが、その後は世界経済が再び、回復に向かっていた。世界経済の回復期に第2次安倍政権が発足したことから考えれば、日本の経済政策が特に変化しなくても、年率2、3%増程度の成長が数年続いても驚くことではなかったと推測できる。
この間の年度別の推移とその変化要因を主要需要項目から分析すると、年平均1%増程度の成長にしかならなかった理由がよく分かる。第二次安倍政権の経済政策の初年度になる13年度の実質GDP成長率は、前年度比(以下同じ)2.7%増と比較的高い成長率になった。需要項目別では民間最終消費支出2.9%増、民間住宅8.6%増、民間企業設備5.4%増、公的固定資本形成(公共投資)8.5%増と、いずれの内需項目も高い伸びである。一方、輸出の伸びは4.4%増に留まり、内需主導の成長である。
ところが、これは一時的現象でしかなく、初年度の経済成長率が比較的高くなったことがアベノミクスは成功と誤解を生む要因になった。それは翌年の14年度の成長率を見れば明らかで、14年度は0.4%減のマイナス成長に転落している。民間最終消費支出2.6%減、民間住宅8.1%減になったためである。原因は消費税が14年4月に5%から8%に引き上げられたためで、13年度の民間最終消費支出と民間住宅が高い伸びになったのは駆け込み需要が発生したからで、逆に、その反動減が14年度に生じたからである。
3本の矢のうちの、大胆な金融政策による金融緩和で株価が上昇し、その影響が13年度の民間最終消費支出と民間住宅を膨らませる効果があったかもしれないが、それは部分的でしかない。株高の恩恵は一部の人に留まり、14年度の反動減がそれを表している。
一方、民間企業設備は14年度も2.7%増であり、段階的に進めてきた法人税減税による資金面からの支援で、民間投資を喚起する成長戦略が効果を発揮していたように見える。しかし、リーマン・ショック後の落ち込みで、民間企業設備は先行ピークの06年度の87.2兆円から、09年度は72.2兆円へと17.2%も縮小していた。低水準からの回復で、14年度でも84.2兆円でしかなく、先行ピークを越えたのは87.8兆円になった16年度である。企業は減税で収益を上がっても設備投資や労働者の賃金引き上げに回さず、内部留保で貯め込んでいるのが実態で、これはマスコミもよく批判している。かつ、法人税減税による税収の減少を埋め合わせるため、消費税は19年10月にも10%に引き上げられ、民間最終消費は長期的に低迷し、少なくとも全体としてプラスとは言えない。
また、機動的な財政政策による積極的な公共投資で、13年度の公的固定資本形成は需要項目の中で8.5%増と最大の伸びになり、経済成長を牽引した。ところが、これは1年だけで、14年度2.3%減、15年度1.3%減と2年連続の減少である。13年度経済はアベノミクスが成功し、14年度は抑制したとしても、GDP成長率がマイナス後の15年度は増やすのが当然である。2年連続のマイナス後の16年度はプラスだが、0.5%増でしかない。
結局、金融緩和だけが堅持され、株式市場への投資資金流入は続き、株高によって株式投資する高所得者を潤した。それが高額商品の需要に結び付く効果はあっても、民間消費支出全体で見ればほとんど影響はない。同時に、不動産価格も上昇したが、低金利によって住宅需要が増えて価格上昇になったのではなく、民間住宅は12〜19年度の平均成長率で見れば0.4%増の横ばいでしかない。人口減少の影響があるとしても、タワーマンションブームがマスコミで話題になるだけで、住宅需要にも低金利の効果はなかった。
それよりも、金融政策は2年間で2%程度の消費者物価上昇を目標としていたが、それが実現できないことは2、3年で明らかになっていた。それでも金融緩和が今日まで維持され、世界的にインフレ対策から金融引き締め時代に入っても、日本だけが低金利で大量に発行してきた国債対策から金利を引き上げられないままである。結果、為替レートが円安になり、国際商品市況の高騰と合わさって物価上昇をもたらしている。
世界的な物価対策の金利引き上げで世界経済は不況局面に入り、需要の減少から国際商品市況はピークを打って値下がり傾向にある。しかし、日本は円安によって円ベースの輸入価格は下がらず、国際商品市況が大幅に値下がりしない限り、小麦のようにこれから値上げされるものもあり、物価は当面、高止まり傾向が予想される。
また、故安倍首相が成果として主張していた雇用の増加は数量ベースではその通りだが、雇用増の多くは女性と高齢者であり、低賃金、かつ雇用保証のない非正規雇用である。それが日本の労働生産性向上を妨げる要因になっている。かつ、正規雇用者の賃上げ率も低く、国民は収入が増えない中で生活水準の低下が避けられない。結果として、将来の生活不安は高まり、現在ではアベノミクスのマイナス効果だけ残った形である。これから判断すれば、故安倍首相は国葬に値しない。
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円安で製造業の国内回帰による経済成長期待は見果てぬ夢
為替レートは昨年後半頃から円安傾向が見え始め、それまでは1ドル=100円台の推移だったが、110円台前半へと下降し、年明け後は110円台後半から、3月末頃には120円台の推移になった。そして、6月末頃は130円台半ばになり、円安に歯止めが掛からない状態にある。国際商品市況の高騰に加えて円安の影響で、消費者物価上昇率は昨年9月から前年を上回るようになってきた。今年の4月、5月は2カ月連続で前年同月比2.5%増まで上昇し、個人消費、延いては日本経済に悲観的な見方が広がっている。
前回のこのレポート「良い円安はあるか」で、国の価値を引き下げる円安が良いわけがないと書いたが、円安を評価する意見が相変わらず存在する。以前よりは賛同者が減っているが、円安で海外に出て行った日本の製造業の海外流出が止まり、さらには海外に立地した工場が日本国内に戻る。結果、日本の製造業が復活し、輸出増の一方、輸入減で日本経済の成長率も高まるという論理である。しかし、それが実現していないことは、これまでの日本の実態から明らかである。
以前から円安時にこの論理が何度か主張されてきた。最近では、アベノミクスで円安が進んだ時も同様の意見があり、アベノミクスで日本経済の復活の要因の一つとして挙げられていた。何度も同じ意見が繰り返されるのは、その正誤の確認までに時間が掛かり、それが明確になる頃には人の関心が薄れているため、何度も同様の意見が現れる。
具体的に企業が海外で工場の新増設を計画し、その時に円安になって国内での立地が適切として、国内での新増設に切り替える、さらには海外工場を閉鎖して国内に戻す可能性は否定できない。しかし、現実にはそれは例外的であるため、日本の輸出に影響しないが、その認識が広がらない。工場、製造設備が完成して日本の輸出入に反映するまでには短くても2、3年は掛かる。
円安から2、3年も経てば為替レートと工場立地の関係を論議する人は居ないためで、それを主張した人は過去の主張は間違っていたと認識してもても口をつぐむ。誤りを認めて反省する経済専門家を見たことがない。まだアベノミクスを覚えている人は多いと考えられるため、この間の日本の輸出入動向から製造業立地の円安効果を判断し、円安に期待するのは無駄なことを示したい。
第2次安倍政権が誕生したのは2012年12月、そして、黒田日銀総裁が就任したのが13年3月で、同総裁は4月に「異次元の金融緩和」とする量的・質的金融緩和によって、2%の消費者物価上昇を2年程度で実現すると宣言した。
消費者物価の上昇は実現しなかったが、為替レートには円安効果となって表れた。それ以前の09年10月、ギリシャの財政赤字の粉飾が発覚し、これを契機に始まった欧州債務危機の広がりで、円高が進んでいた。その後、欧州債務危機は11年末には最悪期から脱し、異常な円高が修正されつつあったところに、日銀の量的・質的金融緩和政策が加わり、円安が急速に進んで定着してきた。これを受けて海外に立地した工場が日本国内に戻るため、日本経済は回復、発展する、アベノミクス効果という評価が出てきた。
図に見るように、為替レートの円安は14、15年頃には定着し、その影響を貿易統計で確認するまでには時間が掛かるが、それを考慮しても、現在はそれから少なくとも5年以上は経っている。企業の工場立地戦略が為替レートの円安の定着で国内に回帰しているとすれば、それが統計の数字に反映するまでには十分な期間である。
輸出入を00年から数量指数(2015年=100)の推移で見ると、輸出は上下変動が大きく、特に08年9月のリーマンショック前、米国がバブル景気を謳歌した07年が最高水準である。その後の世界景気の回復で伸びているが、リーマンショック後のピークの18年でも07年水準を13.2%も下回っている。アベノミクスの円安で生産能力が拡大していれば、その輸出圧力で伸びが高まると予想できるが、そうはなっていない。むしろ、基調としては微減の推移で、今後も17年水準を上回る可能性はないと予測できる。
円安で海外販売製品を国内生産に転換した場合、輸出が伸びなければ、円安で輸出の採算は良くても、遊休施設の増加で経営は厳しくなる。そのような事例があればマスコミでも取り上げられるが、見当たらないことから考えれば、円安で国内に回帰した輸出工場はほとんどないと判断できる。
逆に、輸入数量指数は上下変動しながら増加基調にある。足下のこの2、3年はコロナの影響で低迷しているが、工場の国内回帰による生産・供給拡大の影響で輸入減少の可能性よりも、国内景気の不況による需要低迷を反映している。過去ピークは18年であり、脱コロナで景気が回復すれば、18年を上回ることは十分予想できる。
いずれにしても、14、15年年頃からの円安定着は、少なくとも輸出や輸入の基調に影響を与えるほど、工場立地に変化をもたらしていない。日本の海外立地は低賃金労働力を求めて発展途上国への移転から始まったが、近年は市場立地型に変化してきており、これは為替レートの影響を受け難い。もちろん、低賃金労働力を求める立地は現在でも存在するが、日本は円安といっても、まだ発展途上国と競うほどの低賃金ではない。
一方、円安が輸出に直接的に影響する分野はある。それは観光によるインバウンド需要で、これは円安効果が直接表れるためで、特に20年まで急増した経済発展で所得水準が向上したアジアからのインバウンド需要は、コロナ後の入国規制緩和で今後も期待できる。ただし、その要因が日本人の低賃金による低価格での商品・サービス提供であれば、経済発展として評価はできない。
また、最近は米中対立による脱中国や、コロナ禍の影響で世界的にサプライチェーンが混乱したことなどを、新しい日本回帰の要因として挙げる例もある。しかし、脱中国は中国以外の海外への移転になり、サプライチェーンを見直しても、コロナが終息すればコスト面から最適だったこれまでのサプライチェーンに戻ると予想でき、せいぜい海外での再編成になる。それよりも国内生産重視、サプライチェーンの見直しでは、日本人にとっては以前から言われていても進展しない食糧の自給率の向上が重要である。
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公示地価にみる三大都市圏のウイルスの影響
国土交通省から2021年の土地需給を反映する1月1日時点(以下、各年同じ)の22年地価が公示された。ただし、地価は土地需給だけでなく、金融政策の影響が大きく、近年の金融緩和では実需以上に高地価になる。国土交通省の公示価格は住宅地、商業地、工業地があるが、工業地は新型コロナウイルスの影響は軽微と考えられ、住宅地と商業地の地価から三大都市圏の新型コロナウイルスの影響をみる。
まず、東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の大部分と茨城県の一部)、名古屋圏(愛知県の名古屋市およびその周辺市町と三重県の一部)、大阪圏(大阪府の大部分と兵庫県の神戸市、京都府の京都市の両市およびその周辺市町、奈良県の一部)の三大都市圏と全国平均と比較する。
図に見るように、地価は新型コロナウイルスの影響を受けなかった21年まで、長期にわたる金融緩和で上昇してきた。三大都市圏は大阪圏の住宅地を除いて全国平均を上回る上昇で、全国的にみても大阪圏の住宅需要の不振が目立っている。この20年12月1日付けの経済レポート「維新の大阪の経済政策は効果があったのか」で示したように、大阪府経済の地盤沈下を反映している。大阪圏経済の動向は大阪府経済とほぼ同じである。
一方、商業地の地価は大阪圏経済の地盤沈下にもかかわらず、16年以降、20年まで三大都市圏で最も高い伸びを維持していた。商業地の地価は地域の経済状況だけでなく、地域外からの需要の影響を受ける。この間、為替レートの円安で日本商品・サービス価格が国際比較で下落する一方、中国をはじめアジア地域が急速に経済発展し、それに伴って個人の所得も伸びてきた効果で、海外からのいわゆるインバンド需要が急増してきた。大阪圏では大阪の雰囲気がアジア人をはじめ外国人を引きつけ、また古都京都は昔から海外でも人気があり、インバンド需要効果が大きかった。
逆に、新型コロナウイルス対策による外国人の入国規制でインバンド需要が急減した21年は、全国的に商業地の地価が値下がりしている中で、大阪圏と名古屋圏の落ち込みが目立つ。大阪圏はそれまでの高い上昇率を保ってきたことから考えれば、落ち込みは軽微でそれほどで悪くはないという見方もできる。しかし、金融緩和が地価を下支えていることを考慮すれば、実態は厳しいといえ、それが22年の地価に表れている。
22年は新型コロナウイルスの影響が軽減された結果、住宅地、商業地のいずれも持ち直し傾向にあり、名古屋圏の回復が顕著であるのに対し、大阪圏は前年比横這いである。インバンド需要が立ち直らない限り、大阪圏の商業地地価の回復は期待し難い。世界的にみれば新型コロナウイルス対策が不要になるまでには時間が掛かる可能が高いと考えられ、外国人観光客数は最悪期を脱しても、急回復は期待し難い。今後、インバンド需要は回復傾向になると見込めても、正常化までには時間が掛かりそうで、大阪圏経済の回復も遅れると予想できる。
また、名古屋圏は20年まで住宅地、商業地のいずれも地価の上昇率は東京圏よりも低い傾向にあるが、住宅地の地価は大阪圏を上回ってきた。21年の下落率は東京圏、大阪圏より大幅だが、22年は商業地だけでなく、住宅地も顕著な回復である。
日本経済の産業構造から地域経済をみれば、サービス経済化を担う東京圏の経済成長率が高くなる。この構造変化は製造業の相対的な地盤沈下をもたらし、これまで日本経済を牽引してきた工業地域は衰退を余儀なくされる。そのなかで、製造業の比重の高い名古屋圏を含む中部圏は自動車産業、特に世界1位の自動車メーカーにまで成長したトヨタ自動車の比重が高い。その効果で、大阪圏とは異なり、中部圏の中核になる名古屋圏の経済は、日本経済のサービス化にもかかわらず大阪圏と比較すれば地盤沈下を免れてきた。
しかし、長期的には電気自動車化による自動車産業の世界的な再編成が避けられない。電気自動車は部品点数が大幅に減少し、下請の企業数、従業者数も減少すると予想される。このため、トヨタ自動車が電気自動車でも成功し、現在の自動車メーカーの地位を維持できても、名古屋圏経済が現状のような住宅地、商業地の地価を三大都市圏の中で維持するのは厳しいと予想される。
また、新型コロナウイルス対策でリモートワークの拡大が予想されるようになり、それが人口の地方分散を通して東京一極集中構造にも影響するという意見もある。東京一極集中から分散化すれば、東京圏住宅地の地価の下落、または相対的に上昇が抑えられることになる。22年の地価ではその現象は見えず、人口統計からは東京都から周辺3県への移住が見られる程度である。
周辺3県からその先にまで移住になれば、東京一極集中構造の解体が始まったと言えるが、現状のリモートワークではそこまでは予想できない。週に何回かのリモートワーク程度では、会社への通勤時間から遠距離への移住は難しい。
もちろん、出勤がほとんどなくなれば、全国どこでも、さらには海外への移住も可能になる。一方、会社に出勤しなければ、多くの人は単に労働力を提供する存在になって生じる疎外感や、企業組織人としての意識の維持などが問題になる。それが実現すれば、真の‘新しい資本主義’になるが、あり得ない。
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輸出主導の回復で牽引役になる業種は
財務省貿易統計の輸出指数は前年同月比で3月の12.6%増から、4月28.4%増、5月38.5%増、6月37.2%増と回復基調を強めている。景気回復で先行する中国、米国向けを中心に伸びているためだが、コロナ禍の影響で前年の2020年の4、5、6月が前年同月比で20%台の大幅減少が続いていた反動増効果もある。また、輸出指数は19年から減少しており、今年の4、5、6月が高い伸びでも、ようやく18年水準に戻っただけで、輸出回復から拡大に向かうのはれからである。そうであっても、コロナ禍の影響からの脱出が遅れている日本は、短期的には輸出主導による景気回復が見込め、輸出主導の景気は輸出を担う製造業が日本経済の牽引車として期待される。
製造業の動向を経済産業省の鉱工業生産指数(2015年=100、付加価値額)でみると、内閣府が2020年7月に発表した景気の暫定ピークの18年10月が先行ピークになり、同月の鉱工業生産指数(IIP、季節調整値、以下同じ)は105.6だった。四半期では10〜12月期の105.0になる。18年でみれば104.2になり、15〜18年の3年間で4.2%増、年率で1.4%増でしかない。ちなみに、実質GDPは、15〜18年の3年間で3.4%増、年率で1.1%増であり、いずれも景気ピーク前の成長期であっても低成長である。
先行ピーク後は輸出の減少に続いてのコロナ禍で、IIPは20年4、5月に急減して5月の77.2で底を打ち、20年11月までは急速に回復したが、その後は一進一退で回復基調にある。そして、最新の6月の速報値は99.3、先行ピークの18年10月の105.6の94%でしかない。今後もコロナの影響が残ると推測され、年内の景気、IIPの回復基調は現状程度の穏やかな回復に留まると予想される。
ちなみに、6月のIIPは前月比伸び率は6.2%増と高いが、5月が同6.5%減と急減した反動増効果が大きい。4〜6月期でみれば前期比1.0%増に留まり、コロナ禍からの回復が始まった20年7〜9月期からの四半期毎の推移は9.0%増、5.7%増、2.9%増、そしてこの4〜6月期は1.0%増で、回復の勢いは急速に衰えている。4〜6月期は輸出が急増していても、内需不振の影響からIIPへの輸出拡大効果は顕著には現れていない。
IIPの推移を主要業種別に見ると、いずれも19年度は減少傾向で、20年度に入って4〜6月期に急激に落ち込み、情報通信機械が7〜9月期にボトムになった以外は、4〜6月期をボトムに回復に転じている。ただし、その後はこのボトムを下回らなくても、一時的に前期比減少した業種もある。
また、IIP全体では21年6月の速報値段階でも先行ピークを回復していないが、主要業種でも同様である。主要業種の中で生産指数の回復が顕著な生産用機械工業は、6月速報値のの生産指数は121.0まで上昇し、18年8月の118.1を上回った。しかし、今回の景気循環での先行ピークは17年12月の122.5で、この水準にはまだ達していない。生産用機械工業の中身は農業用機械、建設・鉱山機械、金属加工機械、半導体・フラットパネルディスプレイ製造装置などがあり、半導体・フラットパネルディスプレイ製造装置の需要は世界的に好調でも、これだけでは生産用機械全体を先行ピークにまでは引き上げられていない。
その中で、部品で目立たないが、電子部品・デバイス工業は国際競争力があり、世界的な需給逼迫状態の分野もあって6月速報値は116.2まで回復している。生産用機械工業に次いで回復が顕著で、先行ピークの18年7月の110.4を上回り、比較的高成長業種といえる。
主要業種で見ても6月速報値段階で先行ピークを回復している業種は電子部品・デバイス工業以外なく、かつ、機械系と化学系以外はまだ100以下であり、6年前の15年の水準にも達していないことになる。機械系でも情報通信機械は15年以降で、16年8月の101.6が100を上回っただけで、この月以外は100以下での推移である。情報通信機器の中身は携帯電話、無線通信機器、TV受信機、ビデオ機器、パソコンなど成長分野が多い。特に、情報通信機器や携帯電話は5G(第5世代移動通信)時代を迎え、世界的に需要が伸びており、情報通信機械全体が高い伸びであっても不思議ではない。
しかし、現実にはそうなっていないわけで、この分野でかつては世界をリードしていた日本の国際競争力が低下した結果、生産指数に見られるように衰退傾向に陥っている。もちろん、機器では国際競争力が低下しても、ソフトの分野で経済成長することもできるが、もともとソフトはアニメ分野で日本が優れている程度で、現状では日本で期待できる分野ではない。
製造業の中で輸送機械がIIPの付加価値の18.0%、うち輸送機械の自動車工業が同15.4%を占め、最大業種になっており、自動車工業が鉱工業生産全体に与える影響は大きい。自動車工業は20年2月までは100を上回っていたが、その後は急減し、3か月後のボトムの5月には44.3と半分以下に落ち込み、主要業種の中で最大の減少になった。10月には101.9まで急回復した後、6月速報値の98.1まで一進一退のほぼ横ばいの推移である。需要は回復していても、世界的な半導体不足で生産が抑制されている。
自動車工業は半導体不足が解消されれば生産の回復が予想されるが、先行ピークの17年12月でも112.8であり、それほど高水準ではない。日本の自動車工業は国際競争力はあり、企業・グループベースでは生産が増えても、国内生産・供給から需要地を中心に生産して供給する戦略を採っている。このため、需要が増えても国内生産、延いては生産指数の伸びに限界があり、自動車工業にIIPの牽引役は期待し難い。
一方、機械業種の中では電子部品・デバイス工業が国際競争力もあって期待できるが、IIPの付加価値の5.8%、自動車工業の4割にもならない。また、機械の最終製品では半導体・フラットパネルディスプレイ製造装置のように輸出の伸びが見込める機種はあっても、それを含む生産用機械でみてもIIPの付加価値の7.1%、自動車工業の半分程度でしかなく、これと電子部品・デバイス工業を合わせてIIPの付加価値で2桁のシェアになり、ようやく牽引役として期待できる。それでも足を引っ張る業種の存在も考慮すれば、全体としての伸びは低くなる。
この状況で、IIPは7〜9月期中には100水準を回復すると予測できても、その後の回復を牽引する業種として機械業種に期待するだけでは力不足は否めない。つまり、鉱工業、製造業に期待しても日本経済の成長力としては弱い。とすれば、ソフト産業、第3次産業に期待するしかないが、これは日本の弱い分野になる。このような構造を認識して日本経済の戦略を考える必要があるが、政府に危機意識が乏しく、経済構造実態の認識が弱い現状では先行きは厳しい。
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東京都は転出者数が転入者数を上回るが、東京圏では転入者数の方が僅か だが多い
2020年5月に総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」(含む外国人、以下、同じ)で東京都の転出者数が転入者数を上回る転出超になり、人口が減少したことが話題になった。6月は再び転入が転出を上回ったが、その後は7月から21年2月まで8か月連続で転出超過、人口の減少が続いている。ただし、転出者が転入者を超過した人数が最大の8月でも4.500人ほどであり、1.400万人の東京都人口から考えれば、人口集中傾向が止まったと言える程度である。
東京都の人口減は新型コロナウイルスの影響によるが、日本で新型コロナウイルスへの関心が高まったのは、横浜港に入港していたダイヤモンド・プリンセス号の日本人も含めて乗客への罹患が確認された2月からであった。ただし、乗客や船員の下船を認めなかったことから、国内での汚染が広がるまでには時間が掛かり、新型コロナウイルス対策の特別措置法の成立は3月、緊急事態宣言が発令されたのは4月になる。
3月段階では、東京都の転入者数は10.3万人、転出者数は6.3万人で、転入が大幅に上回っており、コロナの影響はほとんど見られない。ちなみに、前年の19年3月はそれぞれ9.7万人、5.7万人である。その後の転入出者数はそれぞれ4月6.0万人(19年4月6.7万人、括弧内は以下同じ)と5.5万人(5.6万人)、5月2.3万人(3.5万人)と2.4万人(3.1万人)であり、5月から影響が表面化した。
当時、特別措置法が成立し、緊急事態宣言が発令されても、新型コロナウイルスの感染の広がりがどの程度で、その状況がいつまで続くかは現在でも不明である。3、4月は転勤や新入社員、学生の卒業、入学の時期であり、移動が優先された結果、新型コロナウイルスが人口移動に影響するまでに1、2か月掛かったことになる。
東京都の20年5月から21年2月までの10か月間の転入者の範囲は2.4万人から2.9万人、転出者は同様に2.5万人から3.2万人の間で推移している。月単位では6月に転入者が転出者を上回っただけで、残りの9か月間は転出者の方が多い。また、10か月間の合計では転入者数26.4万人、転出者数28.9万人になり、転出者が転出者を1割近く上回る。人口移動が新型コロナウイルスの影響で減少するなかで、相対的に住む場所として東京都の魅力が低下したことになる。もちろん、新型コロナウイルスによるリモートワークの影響と単純には決められない。この間の住宅価格の上昇の影響も考えられる。
人口の一極集中は災害に対して脆弱なため、東京一極集中の解消は日本の長年の課題である。特に、東日本大震災以来、自然災害が多発する傾向にあり、東京一極集中傾向が止まり、さらには解消に向かうことは評価できる。ただし、東京都の人口が減少の兆しが見られるようになっても、東京一極集中は東京都だけで見る場合は都心の本社機能、サービス業などの集積になり、人口では通勤圏の周辺の神奈川県、埼玉県、千葉県を含めた1都3県の東京圏になる。
東京圏は20年4月まで東京都より転入者数、転出者数が多かったが、5月からは図に見られるように東京都とほぼ同水準の推移で、この10か月間の推移は転入者数が2.0万人から3.1万人、転出者数が2.2万人から3.1万人の間の推移である。転入者数が転出者数を上回ったのは6か月、逆に下回ったのは4か月で、10か月計では転入者数26.2万人、転出者数25.7万人と、僅かだが転入者の方が多い。東京都が流出超で人口が減少しても、周辺の3県は東京都の流出超を上回る流入超になり、住む場所として東京都の魅力が低下したといえても、東京圏でみればまだ魅力のある地域になる。
また、東京都と周辺の3県を加えた東京圏が同水準の転入者数と転出者数で推移していることから考えれば、1都3県間での移転が多いと推測できる。これは1都3県の個別のデータを足した転入者数、転出者数と、そこから首都圏内の転入出を除いて算出された首都圏の人数を比較すれば明らかになる。1都3県合計の転入者数は65.8万人、転出者数は63.6万人で、それぞれ首都圏の2.2倍、2.5倍であり、首都圏内の4都県からの転出入者数は圏外からの人数よりも多い。つまり、首都圏外に転出しない傾向にあり、東京一極集中が続く要因でもある。
今回の新型コロナウイルス対策で多くの企業がリモートワークを導入し、マスコミが東京都から地方に移住した人を取り上げる影響で、働く会社の場所に関係なく、ネット環境さえあれば住む場所を自由に決められるという意見が増えている。しかし、東京都の転出者数が転入者数を上回っても、東京圏では逆転していることから考えれば、東京都からの転出の受け皿は周辺の3県になる。この関係は現在のリモートワークでは住む場所の完全な自由までは難しいことを示している。東京都心の本社に毎日通勤する必要はなくても、少なくても月に何度かは行く必要があれば、移動費用や時間から本社から離れる距離に限界がある。
現状はリモートワークが広がり始めたる段階で、本格的な取り組みにまで進んでいなくても、新型コロナウイルス問題がなくなっても元の働き方に戻るとは考え難い。この間に企業がリモートワークによるコストダウン効果を認識した影響は無視できない。それでも、直接会って話し合う必要があるため、住む場所が全く自由になる働き方が定着するところまでは予想できない。
長期的には定着する可能性があるかもしれないが、これは企業組織の構造転換を伴う課題で、短期的な人口異動では大学生の東京都、東京圏への転入増が増える影響が大きいと考えられる。21年度は大学が大学離れを避けるため、教室での授業の復活に力を入れるからである。20年度は多くの大学で教室での授業が行われなかったため、地方出身の学生、特に新入生は東京の大学に入学しても、大学に行く必要がなかった。結果、東京都や首都圏に転入しない、または一度は転入しても住む意味が無くなり、転出する学生がかなりいたと推測できる。しかし、教室での授業を100%にするのは無理でも、リモート授業との並列になれば、これまで通り東京都、首都圏に転入して通学することになる。この学生の転入効果は大きく、東京都が3月か4月に転入者数が転出者数を上回る可能性は高い。
結局、長期的に東京一極集中が解消に向かうには、リモートワークが拡大、さらには直接会わなくても、リモートによる意思疎通で問題のない組織、働き方になる必要がある。その可能性はあるとしても、時間は掛かる。短・中期的には東京一極集中の速度が鈍化、4頭打ちになっても、歯止めが掛かって解消に向かうところまでは期待し難い。
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実質GDPの需要項目の構成変化からみた安倍政権の経済成長政策の評価
2012年12月に就任した安倍首相は今年の8月に辞任を表明し、9月に退任した。約7年9か月の長期に亘った政権の評価は各分野で行われている。経済の分野では経済成長率が実質GDP成長率で年率1%程度しかなく、本人がアベノミクス効果を強調している割には成長が伴なっていないことは指摘されている。ここでは実質GDPの需要項目の構成変化から、経済成長政策を評価したい。 安倍政権の意向を受け、異次元の金融緩和でアベノミクスを共に推進してきた黒田東彦氏が13年3月に日本銀行総裁に就任しており、年度ベースでみて13年度から安倍首相の経済政策による日本経済になる。これから12〜19年度の7年間の実質GDP年平均成長率をみると、たった1.0%増にしかならない。これから経済成果を自慢しても、経済成長からみればほとんど効果がなかったといえる。
その要因をGDPの主要な需要項目の構成比でみると、図にみるように各項目ともにこの間の変化は小さい。その中で、民間最終消費支出の構成比は13年度以降、微減でも着実に下降しているのが特徴といえる。13年度は12年度から横ばいの58.8%だったが、その後は55.5%まで6年間で6ポイントの減少である。
一方、民間企業設備投資が基調として穏やかでも増加ようにみえる。実質GDPに占める構成比は12年度の14.5%から13年度15.1%、14年度15.6%までは2年間で1.1ポイント増の比較的高い伸びである。しかし、その後は頭打ち傾向で、19年度は16.0%にあり、18年度の16.1%から0.1ポイントの減少である。
基本的に設備投資は景気、延いては企業収益の影響を受けやすい。安倍政権前の10、11年は欧州債務危機の影響で為替レートが円高水準で推移し、一時は1ドル=70円台まで円高が進んでいた。このため、輸出産業は採算が悪化し、民間設備投資も不振だった。先行ピークの06年度は16.1%、ボトムは10年度の13.7%であり、18年度はようやくその水準に戻っただけである。13、14年度の伸びが高くても、落ち込んだ後からの回復期であれば当然といえる。
円高の影響が解消された13年度からは18、19年度までの5、6年間で1ポイントほどの増加であり、アベノミクスで企業収益が大幅に改善しても、設備投資拡大効果はそれほどではなかったことはよく指摘されるが、それはこの構成比からも明らかである。それが1%の実質GDP成長率の低成長にとどまた要因の一つになる。
また、為替レートは日銀の金融緩和効果から長期的に円安状態が続いており、輸出も欧州債務危機による世界景気の影響を受けて設備投資と同様の推移になっている。12年度の14.5%をボトムに14年度の16.1%までは急拡大だが、18年度の17.4%をピークに、19年度は米中貿易摩擦問題をはじめとして世界経済のもたつきから17.0%へと0.4ポイントの縮小である。
いずれにしても、各需要項目の構成比の変化が小さいことは日本経済を牽引する需要項目がなかったためである。もちろん、全ての需要項目が同程度の高成長になれば、結果として構成比が変化しないことは想定できる。しかし、現実には均等した成長にはならず、需要項目間で成長格差が生じる。今回の場合、この間の成長性では全体の6割近くを占める民間最終消費支出の不振の影響が大きく、構成比で2割未満の設備投資や輸出は伸び率が高くならない限り、全体を牽引するには力不足になる。
また、設備投資は投資資金面から企業収益の影響を受けるため、景気変化に伴って大幅に変動する。ただし、収益が良くても、設備投資の必要性、つまり投資目的がなければ行われない。目的は主に需要増に対応する供給能力の強化と競争力強化のための生産性向上やコスト削減の2つになるが、特に前向きの能力増投資が重要になる。輸出されるものは別として、原材料や中間財、生産財は国内で最終的に消費されなければ需要に結び付かない。
つまり、民間最終消費と輸出の増加が設備投資の拡大に結び付き、うち、輸出は海外経済に依る。外国人観光客のインバウンド需要は輸出に含まれ、伸び率が高くて期待は大きいが、インバウンド需要も含めてサービス需要は輸出全体の2割程度でしかない。海外の経済状況の影響は少ないとしても、輸出全体を引き上げる効果はまだ期待し難い。
結局、民間最終消費の増加は設備投資にも波及し、海外の経済状況に関係なく、日本経済が一定の成長を維持するための必要条件になる。このため、安倍首相が民間最終消費を拡大するために所得のベースになる春闘賃上げを財界に求め、またこの間の雇用増を政策効果として強調するのは正当といえる。
しかし、賃上げは不十分であり、雇用増も低賃金の非正規雇用が中心になれば、消費の裏付けになる所得は雇用の伸びを下回る。その解消のために正規労働者と非正規労働者の賃金格差をなくす方針から、同一労働・同一賃金制の導入を図っている。それに対し、企業は人件費抑制から対策を考えるため、厳しい罰則付きで実施しない限り、普及は難しい。もともと規制緩和で非正規雇用を採用しやすくしたのは安倍政権であり、本気で同一労働・同一賃金制導入に取り組む気があったとは思えない。
また、この間に消費税が14年4月、19年10月からの2回の値上げが実施されたことも民間最終消費低迷の要因として挙げられる。収入が増えない中での消費増税が消費を冷やすのは当然といえる。それでも、それが社会保障の原資として使われ、国民は政府が国民生活を重視していると信頼し、将来への不安を解消する方向に向かえば、国民が消費に積極的になる可能性は高まる。現実には増税されても社会保障は切り下げられてきており、これでは民間最終消費が伸びない。安倍政権は日本経済の成長戦略を掲げていたが、失敗と言わざるを得ない。菅新政権によって転換が見込めれば良いが、安倍首相の政策を引き継ぐとするのに加え、「自助」意向が強いように受け取られるようでは、日本経済の成長率の向上は見込めない。
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出生数が一段と減少に向かう状況で、日本経済は成長できるか
新型コロナウイルス汚染による景気の落ち込みからの回復に関して、第2波とするかどうかは別にして、最近の感染者数の再拡大で、元の経済水準に戻るまでには1、2年は掛かるという見方が広がっている。この状況から中小企業の倒産、廃業の増加が懸念されているが、これに関しては長期的な要因も大きい。長期的に日本経済に期待できるのであれば、現状が厳しくても頑張って生き残る意欲が起きる。期待できなければ、その意欲は生まれないからである。
長期的要因として大きく、予測可能な問題として人口、つまり出生数の問題がある。出生数が趨勢的に減少傾向にあるのはよく知られ、2019年は90万人を下回る87万人になった。90万人を下回ったことで一時的に注目されただけで、その後は忘れられた状態である。しかし、これは減少傾向が加速傾向になっている反映であり、日本経済にとって長期的視点からみて深刻な問題である。
出生数は1990年代はほぼ120万人前後で推移し、1999年から2004年までの6年間は110万人台、そして05年から15年までの11年間は100万人台を維持していた。表面的には落ち着いてきていた。安倍首相が新三本の矢の一つとして、合計特殊出生率目標1.8を打ち出したのは16年である。前年の15年の合計特殊出出生率は1.45で、当時は05年の1.26を底に低水準でも回復傾向にあるように見えていた。それでも、出生数を増加に転じさせるのは容易ではなく、1.8は高過ぎて実現は不可能という意見が強い程度で、当時は深刻に考える人は少なかった。
その後の推移は1.8目標発表の16年に100万人台、3年後の19年には90万人台を割り込み、減少速度が加速している。合計特殊出生率を取り上げた15年11月1日付のこの経済レポートで、この間の合計特殊出生率の変動要因として人口の多い団塊ジュニア世代、第2次ベビーブーマー世代にあることを説明した。
合計特殊出生率は晩婚化に伴って出産年齢が遅くなった影響で、1974年までは2前後で推移し、75年以降は2以下が定着して基調としては下降線になっている。女子の人口千人当たりで5歳年齢別の出生数(以下、人口当たり出生数)は20歳代が減少する一方、30歳代が増加し、5年間隔で05年に30〜34歳がそれまで最大の年代だった25〜29歳を抜いた。しかし、20歳代の減少幅が30歳代の増加幅を上回っていたため、全体として出生数は減少してきた。 また、40歳代の出生数も30歳代と同様に増加してきた。ただし、人口当たり出生数は少なく、かつ、伸びも止まり、かつて30歳代が急増した現象の再現は見込めない。
当然、出生数は人口当たり出生数だけでなく、母胎となる女子人口、特に出生数の多い20歳代、30歳代の人口の影響を受ける。人口の多い71〜74年生まれの団塊ジュニア世代の出生数は、最小が71年200万人(内女子97万人)、最大が73年209万人(同101万人)である。この世代が人口当たり出生数が伸びる30歳代に入り、出生数が下げ止まりから回復に向かった。当時の底は05年の106万人で、06年から08年の3年間は109万人前後の推移になった。
そして、人口当たり出生数が30〜34歳の半分程度に低下する35〜39歳に移行するのに伴い、再び減少傾向になった。40〜44歳は人口当たり出生数が35〜39歳の5分の1程度で、かつ、増加していた40歳代の人口当たり出生数の伸びは頭打ちである。このため、団塊ジュニア世代が40歳代になる10年代中頃からは出生数の減少が加速してきた。この問題は15年11月1日付経済レポートでも指摘したが、その時の予想以上の減少速度である。
ちなみに、合計特殊出生率は2000年代前半の1.2台を底に、15年に1.45まで上昇したが、その後は微減の後、18年の1.42から19年は1.36へと急落している。19年は団塊ジュニア世代全てが人口当たり出生数が40〜44歳の5分の1程度の45〜49歳になった影響と推測できる。45〜49歳の人口当たり出生数は増えたといっても、19年で千人当たりで0.3人であり、出生数への影響は小さい。
人口当たり出生数の伸びは各年代で頭打ちか微減傾向にあり、これからの出生数は母胎の女子人口の影響が大きくなる。19年10月1日の日本人の女子人口は、ほぼ団塊ジュニア世代の45〜48歳は94万〜98万人である。これに対し、年齢が若くなるのに伴ってこれまでの出生数の減少を反映して減少傾向が続く。43歳から80万人台、40歳から70万人台、33歳から60万人台になるが、28歳、26歳に60万人を切っても僅かで四捨五入すれば60万人になる。19歳まではほぼ60万台を維持し、18歳からは50万人台に下がる。
40歳代後半の団塊ジュニア世代女子の90万人台から、30歳代、20歳代の60万人台へと急下降から判断すれば、当面は出生数の顕著な減少が続くと予想でき、人口の減少も避けられない。少なくとも、人口動向からは長期的に日本経済に明るい展望は描けない。
もちろん、中小零細の企業経営者がこのような人口統計を見て、日本経済や自社の経営を考えてはいないと思うが、この人口動向は市場には顕在化する。一方、長期的な出生数、人口の減少と高齢化が加速しつつある日本経済の現状、将来見通しは社会の雰囲気に反映する。コロナウイルスによる経済状況から、倒産しなくても潮時と判断し、自主廃業する企業が増える可能性は高い。それを避けるには、積極的な外国人労働力の導入が必要と考えられるが、その場合は彼らが働きたくなる日本であるかどうかが問われる。
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外国人旅行者のインバウンド消費は中国の景気次第
日本政府観光局(JNTO)が発表した8月の訪日外客数(訪日外国人旅行者数、推計値)は、前年同月比2.2%減の減少になった。台風21号や北海道胆振東部地震の影響を受けた 2018年9月以来、11か月振りの減少である。18年9月は天候要因による一時的現象に留まったが、この8月は日韓関係の悪化による政治的要因で、韓国からの訪日客数が48.0%減とほぼ半減した影響が大きい。
外国人旅行者が日本国内で消費するいわゆるインバウンド消費は、外国人旅行者の増加に伴って急増し、近年、明るい話題の少ない日本経済の希望の星の一つになっていた。それが韓国からの旅行者の急減で、まだインバウンド消費額がどうなったかは分からないが、今後の不安材料である。すでに、日本経済全体ではその影響が明確ではなくても、韓国人旅行者の多い九州地方では経済への影響が顕在化している。
訪日外客数の18年の年間実績でみると、訪日外客の総数3,119万人中、中国が838万人で26.9%を占めて第1位で、次いで韓国の754万人、24.2%であり、この2か国で過半数を占めている。韓国は第2位でも中国と大差なく、4分の1近くになり、その半減の影響は大きい。以下、台湾476万人、15.3%、香港221万人、7.1%と続き、これらの東アジア4国・地域で4分の3近い。ちなみに、第5位は米国の153万人、4.9%である。
韓国からの訪日外客数が変調をきたしたのは1年以上前の18年6月からで、それまでは前年比2桁台の伸びであったのが、6.6%増と1桁台になった。そして、7月には5.6%減と減少に転じたが、減少幅は一進一退傾向に留まり、12月には0.4%増と僅かだが増加になった。この結果、年間を通してでは18年は5.6%増とプラスだった。
19年に入っても7月まではこの基調が続き、2月と6月は前年比微増で、7月は7・6%減である。そして、日韓関係の一段の悪化を受けて8月は半減になった。この大幅減少が続くかどうかは不明だが、9月以降も関係改善の兆しが見えないため、大幅な減少は避けられないと予想できる。年間を通して韓国からの減少幅は2桁台に乗る可能性が高い。
一方、訪日外客数第1位の中国からは高水準の伸びが続いている。中国からの訪日外客数は17年の15.4%増から18年は13.9%増と伸び率が低下したが、19年に入って月によって変動が大きいものの、前年比で1?3月期11.6%増、4?6月期11.8%増と若干低下した後、7、8月計は17.9%増と盛り返している。1?8月では13.6%増であり、基調の変化はないといえる。
19年の推移は韓国と中国のトップ2以外をみると、上位では前年比で米国が2桁台の伸びを維持している一方、台湾は4?6月期に減少になり、香港は1?3月期、7、8月計が減少になっている。これら以外の訪日客数は少ない国でも、ベトナムやフィリピンのように高い伸びを維持している国がある一方、インドネシアが4?6月期、7、8月計で減少、タイ、マレーシア、インドネシアなどのように月単位では減少が時々見られる国も増えている。全体として中国からの訪日外客に支えられて前年を上回ってきたが、8月に減少に転じ、その原因として韓国からの大幅減少が挙げられている。それは間違いではないが、その他の国・地域にも高い伸びから変調が見られることに注意する必要がある。
訪日外客数の総数は13年に1,036万人で1千万台の大台に乗せ、16年2,404万人、18年3,192万人と短期間に1千万人単位で増加してきた。19年は前年比で8月に減少したものの、1?3月期5.3%増、4?6月期3.6%増、7、8月計1.9%増である。日韓間の問題解決が困難で、当面、韓国からの訪日外客数の大幅減少が続いても、総数は年間を通してみればプラスになるのは確実である。それでも、近年の高い伸びからの一服感は否めない。
今後の訪日外客数の見通しを、これまでの増加要因から考える。政治的要因は別として、訪日外客数が急増してきた要因として大きく旅行コストの低下と所得増の2つの要因が挙げられる。そして、旅行コストは為替レートの円安と技術革新によるものの2つがある。為替レートは11年末ごろから12年初め頃までの1ドル=70円台をピークに、その後は円安に転じ、安ければ120円台、高くても100円台後半のレンジで推移してきた。円安は訪日外客にとっては日本での旅行コストを低下させる。
また、航空機の大型化による輸送力拡大の影響がある。これによって1970年代末ごろから欧州や米国で始まった航空運賃の値下げ競争が激化し、航空業界の再編成が進展してきた。その波が2000年代に入ってアジア地域にも及び、10年代には急速に広がってきた。この国際航空運賃の値下がりによる旅行コスト低下効果も大きい。ただし、この経営革新も含めた技術革新効果は、今後は期待し難い。
同時に、先行した東アジア地域を追うように、東南アジア地域も輸出主導で国・地域によって開始時期、速度に差はあっても経済発展が波及してきた。経済発展効果で所得が増え、生活に余裕があれば、旅行需要が高まる。その一方で、海外旅行コストが低下すれば、海外旅行が伸びるのは当然で、円安の日本に向かって訪日外客数の急増をもたらした。
現状は政治的要因で急減している韓国からの訪日外客数減に注目が集まっているが、絶対数が少なくても経済発展と共に増えてきたその他のアジア諸国の中で、基調変化がみられる国・地域が広がりつつある。その中で、米中貿易戦争の影響で中国経済への打撃が言われているが、現状はそれほど明確ではなく、訪日外客数にはまだ現れていない。
中国からの訪日外客数に変化はなくても、中国との関係の深い国には経済的打撃があるのに対し、対米輸出が規制される製品の生産の受け皿になる国には経済にプラス効果になり、その関係が訪日外客数の国・地域間の乖離現象となっている。全体としては、アジア地域経済における中国の比重の高さ、また米中貿易戦争による世界経済の悪化を通しての間接的なマイナス効果を考えれば、訪日外客数総数ではマイナス効果の方が大きいと推測できる。韓国との政治的問題は無くても訪日外客数の伸びは鈍化していたといえる。
もちろん、訪日外客数の今後は比重の高い中国の影響が大きく、韓国からの減少下、中国からも頭打ち、減少になれば、総数の減少は避けられない。近年の中国は経済発展に伴う構造調整から経済成長率は鈍化傾向にあり、訪日外客数の伸び率も低下が予想される。その速度は米中貿易戦争の影響によるが、解決が困難であり、少なくとも経済成長率、延いては訪日外客数の基調として伸びの鈍化が明確になるのではないか。いずれにしても中国の景気次第である。
また、日韓関係も長引くことが避けられないため、9月は18年9月の減少の反動増とラグビーワールドカップ効果、20年7、8月のオリンピック需要の一時的効果は別として、対東アジア各国の為替レートが大きく変化せず、中国経済の成長率の伸びが鈍化する程度であっても、基調としては訪日外客数の高い伸びは見込めない。韓国の影響が一巡する20年7月までは、微増でも増加すれば良いと評価すべきではないか。
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金融庁の老後資金問題を基準となる人口推計から考える
金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループが6月に発表した報告書「高齢社会における資産形成・管理」が話題になっている。報告書で平均的な高齢夫婦の無職世帯の毎月の収入と支出の差、赤字額が約5万円になるため、超長寿社会を踏まえると、公的年金以外に老後資金として2,000万円が必要とした。単純計算で予想より30年以上長生きすることになる。ただし、経済成長が低迷を続けている財政要因もあり、寿命予測だけの問題ではない。
これに対して、公的年金で生活できないのは04年に自民・公明連立政権下で行なわれた年金制度改革「年金100年安心プラン」で、当時の自民・公明連立政権が説明していた内容と異なると反発が起こっている。現自民・公明連立政権は安心な生活を保障すると言っていないとしているが、そのように受け取られていたのは確かである。
ただし、国民が本当にそれを信じたか、また現在まで信じていたかは別である。現実にはGDP成長率はせいぜい1%台でしかなく、所得も増えない状況で、社会保障制度の改悪が続いているため、高所得者は別として、一般人でそれを信じて安心して生活している人はほとんどいない。それは長期的な消費の低迷が続き、消費者物価が上がらないことから明らかである。国民は生活を切り詰め、貯蓄に励んでいても2,000万円はほど遠く、または生活するだけで精一杯で貯蓄どころではない状態である。一般の人からはあり得ない金額と感じるのがほとんどであり、それが反発、怒りの背景にある。
年金100年安心プランと今回の報告書で明らかになった国民との乖離状態は、基本的に平均で計算していることにある。近年、特にアベノミクスによる金融緩和後の所得格差は一般的にも認識されているが、これは公的年金でも明らかである。国民年金は1か月あたり6万5,000円が上限といわれても、平均受給額は5万5,000円、夫婦で合わせても11万円にしかならない。持ち家かどうかでも異なるが、これに5万円を加えても、公的保険のほか、電力・ガス、水道、電話などの公共料金などの支出を考慮すれば、残りは食費でほとんど無くなり、余裕がある生活とは程遠いと推測できる。また、厚生年金でも男性で平均月額17万円弱、女性で同10万円強で、現在の高齢者で夫婦共に平均の厚生年金があれば、少しは余裕のある生活かも知れない。
ちなみに、日本銀行が事務局の金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査(2人以上世帯調査)」(2018年)の「老後の暮らし(高齢者は、今後の暮らし)」の問いで、「それほど心配していない」は19.8%しかなく、残りは「多少心配である」43.0%、「非常に心配である」36.2%となっており、非常に心配している世帯は3分の1以上もある。政府をそれほど信頼していなくても、将来不安がある中で責任放棄と受け取れる今回の政府発言への反発が強いのは当然である。
この報告書の目的は資産運用による自己資金で老後生活を送るように求めていると受け取れる。その背景には政府が約束するような経済成長が実現できず、年金不足に対して税収、また現役世代の年金負担も労働力人口の減少で増えない、財政面からの支払い能力に懸念が生じている。その一方で、高齢化が事前に推測した以上に進み、年金受給者が増える、つまり支給額が予想以上に膨らんでいることが挙げられる。需給両方の見込み違いが限界に近づき、報告書作成に踏み出したといえるが、既に遅すぎるという見方もできる。ただし、税制や財政支出面では何に支出するかは政治判断であり、この検討も必要になる。
ここでは年金支出額推計の基礎にしていると推測する国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口推計」の年齢3区分別人口(中位)推計と、実態とのずれの問題を考える。同研究所の人口推計は5年毎に実施される「国勢調査」をベースに毎回推計され、発表されているのは1995年の国際調査に基づく07年の平成9年1月推計(以下9年推計)からになる。ここでは10年間隔で06年の平成18年12月推計(同18年推計)、17年の平成29年4月推計(同29年推計)で推計値変化の推移をみる。実績、推計値はいずれも10月1日の人口である。
この変化で特徴として「0〜4歳」と「65歳以上」で分かれる。まず、「0〜4歳」の実績が出ている15年と18年は、9年推計よりも18年推計が低かった。これはこの15年11月1日付のこの経済レポートで指摘したように、結婚年齢の高齢化、未婚化によって出生数が減少し、その減少速度がより速いと18年推計は9年推計より悲観的に予測していた。ところが、20歳代の出産は大幅に減少したが、逆にそれ以前よりも30歳代、40歳代の出産が大幅に増え、15年と最近時の18年の実績に見られるように、18年推計ほどは低下しなかった。判断を誤ったためである。ただし、それでも減少傾向にあることには変わりはなく、40年、50年の推計値でも減少が続いている。
一方、「65歳以上」は推計が後になるほど上方修正になっている。原因は実績が推計を上回り続けているためで、後追い的に推計値を増加させている。「65歳以上」の高齢者が増える、つまり長寿命化が着実に進んでいるためで、医療技術の進歩だけでなく、健康に気を付ける人が増えている反映と推測できる。評価すべき結果である。
しかし、推計が後追い的に上方修正になっていることは、高齢化を進ませたくないという意図はなくても、年金は増やしたくないためではと邪推できる。もちろん、国立社会保障・人口問題研究所には関係ないことだが、年金財政からは高齢化が進まない方が望ましいからである。しかし、現実は長寿命化、高齢者人口の増加は進展するわけで、年齢に関係なく、就労意欲のあるひとに働いてもらい、その税収を年金資金に回す方が国民にも国にも望ましい。
ただし、高齢化すれば個人間で肉体的・精神的格差が大きくなることへの配慮が必要になり、就労意欲がある人をできるだけ週力可能にする努力が大切になる。高齢化しても働いて収入があれば、当然、それが一般の人には実現困難な資産2,000万円の代わりになる。そのためには働き方改革だけでなく、発展するIT、AIを活用すればその可能性が高まると期待できる。それが従来の推計以上に高齢化が進展していることから考えれば、公的年金財政問題の悪化速度を少しは弱める程度の効果しか期待できない。しかし、少なくとも実態に合わせた人口推計、財政予測でなければ、国民の信頼は得られない。
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2019年度の民間の実質GDP成長率見通しは18年度に続いて1%以下
2017年度の実質GDP成長率は1.9%増、名目成長率は2.0%増といずれも比較的高い成長率だった。1年前の17年度の実績見込みの見通しはそれぞれ政府1.9%増、2.0%増、主要な民間の予測機関1.7?1.9%増、1.6?1.9%増で、需要項目別では幅があるが、GDPは政府が実質、名目のいずれも実績通りで、各民間予測機関のGDPはそれより少し低い程度である。民間が低かったのは民間設備投資と輸出の見込みが低かったことにある。つまり、輸出が見込より多くなり、その結果、設備投資も見込みを上回ったと判断できる。
全体として1年前の各機関の経済見通しは17年度の後半の状況を比較的的確に判断していたといえるが、それが正確な18年度経済見通しに結び付くわけではない。今回の19年度見通しの前提となる18年度実績見込の見通しでは、政府も含めて実質、名目ともにGDPで0.6?0.9%増である。
一方、1年前の18年度経済見通しは政府の実質GDP1.8%増、名目GDP2.5%増に対し、民間はそれぞれ1.0?1.2%増、1.2?1.9%増だった。政治的判断で高く出す政府は別としても、17年度よりも低くなると予測していた民間予測機関でも1%台の成長であり、いずれも楽観的過ぎたことになる。もちろん、結果が出るのは半年ほど先で、18年度の実績が1%台に乗る可能性は否定できないが、12月中旬以降の株価の急落を見れば、むしろ下方に振れる可能性の方が高い。
18年度経済見通しで1年前のGDP成長率が実質、名目ともに過大になった最大の要因は輸出入バランス、つまり財貨・サービスの純輸出にある。1年前には、いずれの見通しでも輸出が輸入を上回っていたが、今回の18年度実績見込みの見通しでは、ニッセイ基礎研究所が実質で財貨・サービスの輸出2.4%増、財貨・サービスの輸入2.2%増と、輸出が輸入を上回っているだけである。他はいずれも輸入が輸出を上回り、ニッセイ基礎研も逆とはいえ、輸出の伸び率は17年度実績の半分以下である。全体として、輸出主導の成長が頭打ち傾向に対し、日本の経済構造は輸入が減少し難い状況になっていることが挙げられる。
一方、為替レートの見通しは対ドルで18年度は17年度とほぼ横ばいである。円安で生産基地は海外から国内にUターンするという説が広まった時期もあったが、実態はそうではなかった。円安になっても厳しい価格競争は続いており、現状程度の円安では国内生産の価格競争力の回復が困難なことを反映している。加えて、長期的な日本の人口減少、若年労働力不足の問題も無視できない。
19年度経済見通しでは高い数字が求められる政府の実質GDP成長率1.3%増、名目GDP成長率2.4%増は別として、民間の各予測機関の実質GDP成長率は日本総合研究所の1.0%増以外は、2年連続でいずれも1%増を下回り、0.7?1.0%増に収まっている。各民間予測機関の18年度実績見込みの見通しとの比較では、上下はあっても0.3ポイントの範囲内で、全体としてほぼ横ばいである。
需要項目別でも各予測機関間に大差はなく、19年10月に予定されている消費税の引き上げの影響も軽微という判断でも同じである。引き上げ幅が前回の3%に対し、今回は2%と小幅に留まることや、政府の影響軽減対策効果を予想しているためである。輸出も中国と米国の経済成長率の伸びが鈍化するとして、18年度と同程度でしかなく、高い伸びにはならないことで一致している。
実質GDP成長率見通しは各民間予測機関で乖離が小さいのに対し、名目GDP成長率では1.1?2.0%と比較的大きいのが今回の予測の特徴として挙げられる。その要因として消費者物価見通しの格差がある。名目成長率を2.0%としている日本総合研究所と三菱総合研究所は、消費者物価(生鮮食品を除くい総合)上昇率で19年度をそれぞれ1.5%増と1.9%増としている。日本総研は0.4ポイント低いが、実質GDP成長率は1.0増と民間の予測機関では最も高い。これに対して、消費者物価(同)が最も低い三菱UFJリサーチ&コンサルティングは0.5%増で、三菱総研との乖離は1.4ポイントにもなる。
両予測機関ともに消費税の引き上げを前提とし、為替レートや原油価格の予測には大差がないため、賃金上昇の消費者物価への波及効果の見方によって差が生じていると推測できる。19年度も人手不足から一定程度の賃金上昇の予測になるが、それを価格に転嫁できるとみるかどうかである。消費が弱いため転嫁は難しいと判断すれば、物価上昇は低くなる。一方、賃金をはじめコストアップで採算が厳しい状況にあり、転嫁せざるを得ない判断では高くなる。小売業は消費が冷え込んでいる状況下で、低価格化に力を入れていることから考えれば、消費者物価上昇率は低い方が正解になるのではないか。
これらの見通しからは19年度も国民が好況を感じるようになるとは思えない。むしろ、株価が大幅に上下しながら趨勢的には下方に向かっている。各民間予測機関が発表した12月10日以降、その傾向が明確になっている。特に、米国は株価の消費に与える影響が大きく、すでに経済成長に頭打ち傾向が出始めていることを考慮すれば、年明け以降、米国の景気の頭打ちが明確になる可能性が高い。となれば、これらの各機関のGDP見通しよりも現状では低い予測になり、延いては消費税の引き上げの実施も難しくなる。
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