岸田首相が求める3%賃上げで十分か
岸田新首相が経済政策で主張する新しい資本主義の実現に向け、「3%を超える賃上げを」求める発言をしている。それを受けてマスコミは3%を目標のように取り上げており、一般的には3%賃上げが政策目標として認識されているようである。以前、政権基盤が固まり、一強体制を強めていた安倍元首相も春闘を前に、2018年1月5日の経済3団体の新年祝賀会で「3%の賃上げ」を求める発言をしたことがあった、しかし、安倍政権下で3%賃上げが実現したことはなかった。自民党内や行政組織で独裁的な権力を持っていても、企業に対してはそれほどの力はなかった、または単に国民受けを狙っただけで、建前と考えれば実現しないのは当然と理解できる。
岸田首相の発言は新型コロナウイルスの影響で経営の厳しい企業が少なくないため、「業績がコロナ前の水準を回復した企業」に向けてである。対象となる企業は少数であり、政権発足当初から平均の賃上げ率は3%を大きく下回るのが前提になっていると受け取れる。
もし、3%が実現したとしても、それが厚生労働省調査の「民間主要企業における春季賃上げ」ベースと推測できるため、それでは不十分なことはこれまでの実績をみれば明らかである。日本経済を回復させ、着実に成長させるには、賃上げに伴う物価上昇や社会保険料、税負担の増加を考慮すれば、同じ3%でも全労働者平均での賃金、収入の増加に結び付く賃上げが必要と考えられる。
厚生労働省調査が対象とする民間主要企業は「資本金10億円以上かつ従業員数1,000人以上の労働組合がある企業」となっている。つまり、大企業であり、日本の労働者の約7割を占める中小零細企業の労働者は含まれない。一般的に、中小零細企業の労働者の賃金は大企業より低く、賃上げ率・額も少ない傾向にある。厚生労働省調査が民間主要企業を対象としているように、大企業は調査しやすく、その結果がマスコミにも取り上げられることが多い。それで全体を推し量ると判断を間違えるため、注意が必要になる。
民間主要企業の春季賃上げ率は02年の1.66%から13年の1.80%まで12年間、1%台に留まっていた。14年に2.19%と13年振りに2%台に乗り、その後、20年までは2%台を維持していたが、21年は1.86%と8年振りの2%を下回る低賃上げになった。この間で最も高かった賃上げ率でも15年の2.38%でしかなく、低賃上げが続いている。これから考えれば、3%は高賃上げになり、実現すれば1994年の3.13%以来になる。
この大企業の賃上げ率で労働者全体の賃金、収入がどうなっているかが問題になる。この実態を厚生労働省「毎月勤労統計」の事業所規模5人以上で、統計改訂後で前年比伸び率が算出できる13年からみる。事業所規模5人以上であれば小企業は含まれるが、より低賃金と推測できる零細企業は含まれない。
賃金の分類の中で景気変動による変化の影響を避けるため、給与規則等によってあらかじめ定められている支給条件、算定方法によって支給される給与の「決まって支給する給与」から、時間外手当、休日出勤手当等の「所定外給与」を差し引いた「所定内給与」を使い、これと民間主要企業の春季賃上げ率を比較する。また、毎月勤労統計で対象とする労働者のうち、1日の所定労働時間、または1週の所定労働日数が少ないパートタイム労働者以外を除いた一般労働者にする。これには正規の労働者以外に季節労働者、契約労働者などが含まれる。
春季賃上げ率は年度の収入に影響し、所定内給与は暦年統計の違いはあるが、低賃上げが続いている状況では、前年比伸び率で年度と暦年で大差はないと考えられる。13年から21年の1〜9月(各月の前年比伸び率の単純平均)まで、一人当たり所定内給与の伸び率は賃上げ率を1.5〜2.0ポイントほど下回って推移している。基調としてはプラスの伸びでも、13年と20年は微減でもマイナスの伸びで、最も高い伸びでも0.6%増でしかない。ちなみに、21年1〜9月を年間とした9年間と21年1〜9月を除いた8年間のいずれも単純平均で0.4%増でしかなく、社会保険料負担が増えていることを考慮すれば、所定内給与ベースの実収入はせいぜい横這いか、マイナスの伸びと推測できる。
また、景気の影響を受ける所定外給与や、賞与、報奨金などの特別に支払われた給与も含めた現金給与総額の前年比伸び率は、最大の18年の1.6%増から最低の1.7%減まで伸び率の幅は拡大しても、伸び率が賃上げ率を下回る推移であることに変わりはない。同様の単純平均では9年間と8年間のいずれも0.5%増になる。ちなみに、一般労働者の現金給与は20年の月額ベースで、総額41.7万円、所定内給与31.3万円である。
低い伸び率からみれば賃上げと所定内給与の伸び率の乖離は大きいと評価でき、その要因として大企業と中小企業の企業規模間の賃金格差以外にも複数ある。一般労働者に含まれる正規の労働者以外の一般労働者には賃上げしないか、しても賃上げ率が低い、また、所定内給与には基本給のほか職務手当、家族手当、通勤手当等の諸手当などなどが含まれ、これらの諸手当の減額、減少である。基本給を上げるために手当を減額している可能性があるほか、以前から未婚化が進んでおり、配偶者手当、そしてそれに伴って子供手当も減少する。子供手当は一人当たり額を引き上げた例は見当たらないため、長期的な出生数の低下に伴って着実に減っているのは確実である。
これらの要因の中で企業規模間格差の影響が最も大きいと思われ、中小零細企業の一般労働者は、賃金が低い伸びでも上昇していれば恵まれている方で、横這い、さらには微減でも減少しているところも少なくないのではないか。つまり、2%台の賃上げでは国民の大多数を占める労働者の賃金は増えないため、民間最終消費が日本経済低迷の主因になっている。景気対策で岸田首相が3%を超える賃上げを求め、大企業で3%の賃上げになっても、過去の実態から推計すれば労働者の収入はせいぜい1%増える程度でしかない。これでは日本経済を引き上げる効果は期待できない。
このような構造からみれば、新型コロナウイルスとは関係なく経済成長できない現状から脱するには、3%賃上げでは不十分で、少なくとも5%の賃上げが必要になる。それよりも構造転換、具体的には岸田首相の主張する分配政策に結び付く、親企業の大企業が下請の中小零細企業の労働者に、自社と同等の賃金が支払える加工費や部品価格に引き上げることが求められる。それには企業だけでなく、労働組合は現在の企業別組合から産業別組合に構造改革する必要がある。いずれも、現状では実現可能性は極めて低い。
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不況でも労働需給が悪化しないのは良いことか
内閣府が2020年7月、暫定だが景気は2018年10月がピークだったと発表した。実質GDP成長率の推移は前期比で18年7〜9月期に0.7%減のマイナス成長になり、その後は19年7〜9月期まで4四半期連続で0%台の微増のプラス成長が続き、10〜12月期は再び1.9%減のマイナス成長になった。新型コロナウイルスの影響がほとんどなかったと推測できる20年1〜3月期も0.5%減のマイナス成長で、新型コロナウイルス対策で経済活動の自粛の影響が現れた4〜6月期は8.1%減の顕著なマイナス成長になり、その反動で7〜9月期5.3%増、10〜12月期2.8%増と盛り返したが、まだ水面下にある。そして、21年1〜3月期(2次速報値)は0.8%減と再びマイナス成長になった。
景気のピークから2年半以上も経っているにも関わらず、21年5月の有効求人倍率(季節調整値)は1.09倍と求人数が求職者数を上回り、21年5月の就業者数(季節調整値)は6,645万人、ピークの19年12月の6,757万人の1.7%減の微減である。また、就業者数の約9割を占める雇用者数では21年5月5,955万人、同様にピークの20年3月6,047万人の1.5%減でしかない。労働市場は景気に対して遅行指標であることを考慮しても、不況の労働市場への影響が軽微で済んでいる。これは労働者の立場からはプラスに評価できるが、日本経済全体からはどうか。
労働市場では正規、非正規や男女間で格差がみられているため、この正規、非正規に分けて集計され、雇用者の90%以上を占める役員を除く雇用者で推移をみる。正規職員・従業員数(季節調整値)は男性が20年2月、4月の2,358万人がピークで、21年5月は2,353万人とピーク水準を僅かに下回る程度に留まり、18年央以降ほぼ横ばいの推移である。女性は21年3月まで増加基調にあり、この3月の1,254万人がピークで、4月1,226万人、5月1,188万人と2か月連続の減少になった。増加が止まったといえるかもしれないが、まだ断定はできない。
一方、非正規職員・従業員数(同)は男性が19年7月の704万人をピーク、20年6、9月の651万人がボトムになり、これ以降は650万、660万人台で推移していたが、21年4月の663万人から5月は先行ボトムを下回る639万人に減少した。また、女性も同様の推移で、19年8月の1,491万人がピークで、21年2月の1,382万人がボトムになった。20年4月以降は1,380万〜1,420万人台の推移だったが、4月の1、410万人から、5月は男性とは逆に1,451万人に増加した。また、5月は女性の正規と非正規が逆の動きになったが、一時的現象と考えられる。
全体としてみれば、正規雇用は景気が悪化しているなかで維持されているのに対し、非正規雇用は景気の変動に応じて変化している。企業は非正規雇用を景気の調整弁として採用していれば、景気が悪化したときに非正規雇用が減少し、景気が持ち直せば増加するのは当然といえる。ただ、男女別にみれば、正規雇用は男性が女性の2倍弱、非正規雇用は女性が男性の2倍強存在し、正規雇用では男女間格差をなくすためか、女性の雇用が維持されている。正規と非正規を合わせると、男性は微減傾向に対し、女性は20年央に一時的に減少したが、その後は戻しており、景気の打撃がどちらに大きかったかは断定できない。
いずれにおいても、現状は有効求人倍率に見られるように、労働市場への不況の影響は軽微で済んでいる。今不況では新型コロナウイルスという特殊事情もあり、従来と同じような動きにはならない可能性はある。また、政府の雇用調整助成金の維持支援政策の効果も考えられる。ただし、この政策効果は少なくとも新規雇用需要への効果は関係ないため、新規求人数の推移できると見ると、季節調整値で20年4月を底に一進一退でも回復基調にあり、原数値の前年同月比では21年4月から増加に転じている。
これから考えれば不況期が2年半以上も続いているなかで、企業は雇用に積極的といえる。その要因として不況期に入る前に労働力不足が深刻化していたことが挙げられる。現状は不況で不足が解消して正常化しただけとすれば、新型コロナウイルス対策が進み、経済が正常化する時に備えれば、正規雇用削減にまでには至らない。また、出生数の減少、労働力人口減への対策もあると推測できる。
これらの見方が正しくても、日本の将来を考えれば、この現状で良いかどうかが問われる。労働力不足の深刻化がいわれた今不況前の日本経済は、成長はしていても年間の実質GDP成長率は1、2%増程度でしかなかった。労働力が不足するほど積極的に雇用を増やしてその程度の成長であれば、供給力の拡大を賃金が安い人手に頼り、労働生産性がほとんど上昇していないことを示している。
通常、労働力が不足すれば、賃金が上昇する。企業はそれを労働生産性の向上で吸収する努力をするが、それができない部分は製品価格の引き上げで対応する。ところが、ほとんど賃上げは行われず、労働者、つまり消費者は収入が増えない状態が続き、加えて高齢化もあって将来不安が高まれば、支出は抑制される。需要が増えなければ、価格は引き上げられず、消費者物価は上昇しない。結果、企業の売り上げ、収益は伸びないため、賃金は上げられない、経済成長率も高まらない悪循環に陥る。日本の経済成長率が回復しない結果、世界における日本経済のシェアが低下し、国際比較で賃金水準は下がっていく。
また、労働生産性の伸びが低く、先進国における地位の下落が続く日本経済の状況は、ドル価格で国際比較されるため、1ドルが100円台後半から110円程度の為替レートの円安水準が続いていることも影響している。このような日本経済の構造実態がようやくマスコミでも取り上げられるようになり、この構造が一部の人であっても認識されるようになってきた。
日本の労働生産性問題が認識され、対策が必要と考えれば、企業は雇用拡大ではなく、生産性向上を目的に自動化、効率化のための設備投資を行う。結果、経済成長率がプラスでも低い状況では雇用は増えず、良くて横ばい水準程度に留まる。もちろん不況になれば、雇用は減少する。それを避けるためには経済を成長させ、設備投資によって生産力と労働生産性を伸ばし、雇用が増える構造への転換が必要になるが、労働統計が悪化しないためにここまでの認識はまだないのが現状のようである。
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労働市場は地方より大都市圏がコロナ禍の影響大
日本経済は景気がピークを打って下降期に向かう過程でコロナ禍が加わり、厳しい状況に陥った。現状は最悪期を脱しつつあり、GDP成長率は前期比で2020年4〜6月期の大幅な減少から、7〜9月期は増加に転じている。従来、不況期は地方経済への打撃が大きい傾向にあり、今回の特殊事情のコロナ禍が不況下において、以前から日本の課題である地域間経済格差にどのように影響しているか注目される。ここでは地域経済関連統計の中で公表の早い厚生労働省「一般職業紹介統計」の都道府県別有効求人倍率(パートタイムを含む一般、就業地、季節調整値、以下同じ)で、コロナ禍の地域経済への影響を調べる。
全国の有効求人倍率は景気がピークを過ぎたのを反映して、19年に入って頭打ちから低下傾向にあった。しかし、GDP成長率の推移にみられるように、20年12月の有効求人倍率は前月と同じ1.06倍になり、ボトムの9月の1.03倍から底打ち、持ち直し傾向にある。ただし、新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく2回目の緊急事態宣言が21年1月14日、大都市圏を中心に11都府県に再発令された。当初の終了予定の2月7日が延期される見方が強まっている段階で、先行きはGDP、有効求人倍率のいずれも不透明である。21年1月の有効求人倍率は前月比減少になる可能性が高いが、当面、1倍を下回る求職者数が求人数を越える水準までは予想されない。
このように全国ベースでは有効求人倍率は1水準を維持しているが、地域別では格差が大きく、12月では最大が福井県の1.62倍に対し、最低の沖縄県は1を大きく下回る0.79倍と、2倍以上の格差である。ただし、この沖縄県の有効求人倍率でも以前の不況期には0.5倍以下になっていたのと比較すれば、不況下でもまだ高いといえる。
従来、地方で労働市場の悪化が目立ち、それが人口の大都市、特に東京圏への人口集中をもたらす要因の一つになっていた。たとえば、08年9月のリーマン・ショック後の不況時では、全国の有効求人倍率の最悪期は暦年で09年の0.47倍になる。09年の都道府県別では低い方から青森県0.27倍、沖縄県0.30倍、秋田県0.39倍といずれも地方の県が続き、大都市圏で低いのは福岡県0.41倍、埼玉県0.44倍である。その他の大都市圏の都府県は低くても0.45倍以上で、ちなみに東京都は0.55倍であり、地方との格差は大きい。
ところが、今回の不況の特徴として、有効求人倍率の地域間格差が一部を除いて従来とは逆転していることが挙げられる。20年12月の上位と下位の5都道府県を見ると、上位の方は高い方から順に福井県1.62倍、島根県1.45倍、岡山県1.41倍、山口県1.39倍、香川県1.38倍などとなっている。いずれも地方の県で、19年から減少基調ではあるが、労働市場は不況に陥っているわけではない。
一方、下位は低い方から順に沖縄県0.79倍、東京都と神奈川県0.88倍、大阪府0.92倍、京都府0.95倍などとなっており、沖縄県を除けば大都市圏である。特に、東京圏の東京都と神奈川県が低水準に落ち込んでいる。また、同じ東京圏の埼玉県0.97倍、千葉県0.99倍も1を下回り、これまでの不況期にはみられない逆転現象である。
これら上下10都府県の有効求人倍率の推移を描いた図では、各都府県がほぼ同じように下降線になっている。地方の方が人口が少なく、労働力不足が深刻であったため、もともと有効求人倍率の高い水準からの低下で、同じように減少してもまだ1水準を上回っているだけという見方もできる。しかし、19年1月の有効求人倍率が低い下位5道県の北海道と高知県1.27倍、長崎県1.36倍、沖縄県1.34倍、鹿児島県1.42倍で、20年12月は沖縄県を除けば北海道1.08倍、高知県と長崎県1.05倍、鹿児島県1.17倍など12月時点で1水準を維持している。
ただし、それ以前に高知県や長崎県で一時的に1水準を割り込んだ月はある。そうであっても、以前の有効求人倍率が高かったことが現在も高い要因ではないと判断できる。地方の中で、沖縄県はもともと人口に対して相対的に就労の場が少ない。かつ、観光産業の比重が高い産業構造から、コロナ対策による県境を越える移動の自粛で、観光客の減少による影響が特に大きく現れた特殊地域の事例である。
今回の不況は従来と異なり、大都市圏、特に東京圏への打撃が大きくなっているが、コロナ対策がその要因になる。これまで経験してこなかった緊急事態宣言による営業の自粛、また緊急事態宣言に依らなくても、企業レベルや個人レベルでの3蜜を避けるための自主的な行動の自粛が効いている。7月1日付けの経済レポートで取り上げたように宿泊業、飲食店・飲食サービス業、その他の生活関連サービス業の売上減、特に、人口が密集している大都市部の比重が高いその他の生活関連サービス業に含まれる娯楽業の劇場・興業団、冠婚葬祭業などの売上が大幅に減少している。これらの不況業種の廃業・倒産、雇用削減による有効求人倍率の引き下げの影響が大都市圏、東京圏で相対的に大きいためである。
大都市圏、特に東京圏の有効求人倍率の低下は雇用を通して高度成長期以来、半世紀を超える日本の課題、地域間格差問題の解消に結び付くことが期待される。それにはこの現象の長期化が条件になるが、いつかはコロナワクチンによってコロナ禍は解消する。その時にほとんど元の状態に戻れば、結果として一時的現象で終わる。
長期的にはコロナ対策で取り組みが広がっているリモートワークがどうなるかが注目される。現在のリモートワークは自宅やリモートワークに適した環境を求めて少し離れた広い住宅へ移住して、またはサテライトオフィスで行うなどの方法が採られている。東京圏であれば、都心から東京多摩地区や隣県への移動に留まり、地域間格差解消までには至らない。リモートワークを導入しても、組織人であれば直接的な交流は不可欠で、これまでのように毎日出社しなくても、週、または月単位での出社が必要になる。これから考えればリモートワークで隣県を越えて地方への転居例がマスコミなどで報道されるが、例外的と推測できる。この現象が本格化すれば地域間格差解消が期待できるが、現実は厳しいと判断できる。
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正規の従業者はまだ前年水準を維持する一方、非正規は顕著な減少に
コロナ禍で景気は急降下し、それが労働市場にも波及してきた。現実には就業者数(総務省統計局「労働力調査」)は既に季節調整値で2019年12月の6,765万人をピークに減少に転じていた。また、就業者数の原数値は前年比で20年4月から減少基調に入り、9月は6,689万人、前年同月比79万人、1.2%の減少である。19年5月1日付けのこの経済レポートで労働市場の変化の兆しを指摘したが、それでも労働需給が逼迫し、高齢者雇用の拡大などで人手不足を補っている状況から、変化が一般的には認識されなかった。要因として、コロナ禍の影響が労働市場にも波及してきても、9月の就業者数(季調値)は6,655万人、前月比4万人減、対ピーク比1.6%減に留まり、完全失業率も3.0%とまだ低水準にあることが挙げられる。
最近の雇用の特徴として非正規雇用が増加し、雇用者全体に占める割合が拡大していることはよく知られている。このため、最近の雇用の減少の状況を、役員を除く雇用者の正規(労働力統計では正規の職員・従業員、以下、正規雇用者)と非正規(同非正規の職員・従業員、以下、非正規雇用者)の男女別年齢階級別で、最近時の7〜9月期の雇用動向から雇用削減の特徴をみる。ちなみに、19年の就業者数6,724万人に対し、役員を除く雇用者数(正規雇用者と非正規雇用者の合計)は5,668万人、84%を占めている。また、9月の就業者数の前年同月比79万人減に対し、雇用者数の減少は75万人で95%を占め、7〜9月期ではそれぞれ230万人、236万人で、雇用者の減少幅が就業者数を上回っている。
20年7〜9月期の前年同期比で正規と非正規別にみると、正規雇用者は全体では1.3%増と減少していない。男女別では男性0.4%増とほぼ横ばいに対し、女性3.1%増で、女性の伸びが男性を上回っている。年齢階級別では女性は減少している年齢階級が無いのに対し、男性は図に見られるように2番目に雇用者数の多い35〜44歳の10万人、3.2%の減少が目立っている。
一方、55〜64歳の19万人増、5.4%増と65歳以上7万人増、9.5%増が比較的高い伸びになっている。これは人口構成変化を反映したもので、35〜44歳は人口の多い団塊ジュニアの世代がこの年齢階級を超えるようになってきており、人口が減少している。ちなみに、35〜44歳の7〜9月期の人口(労働力統計)は19年の1,630万人から、20年は1,584万人と1年間で2.8%減となっており、この人口減少を考慮すれば、顕著な減少というほどではない。
これから考えれば、高齢化から65歳以上が増えるのは当然といえる。そのなかで、団塊世代と団塊ジュニア世代に挟まれた55〜64歳は人口の変化が少なく、企業の定年延長で正規雇用者として残った人が多い結果と推測できる。いずれにしても男女ともに正規雇用者は9月までの労働力調査統計では悪化していない。
まだ労働市場の変化の影響が顕在化していない正規雇用者に対して、非正規雇用者の20年7〜9月期の前年同期比は全体で5.6%減、うち男性6.4%減、女性5.3%減といずれも減少で、かつ男性の減少幅が女性を上回っている。正規雇用者は女性の増加率が男性を上回っており、これだけ見れば女性の雇用の方が男性よりもコロナの影響が少ないと思える。しかし、全雇用者数では全体が1.4%減、うち男性1.2%減、女性1.6%減となっており、男性の減少幅の方が小さく、矛盾しているようにみえる。これは19年実績で男性は正規雇用者が非正規雇用者の3.4倍も多いのに対し、女性は正規雇用者が非正規雇用者の79%でしかないため、非正規雇用者の減少の影響が大きくなるためである。
20年7〜9月期の非正規雇用の年齢階級別でみると、男性ではいずれの年齢階級でも減少している中で、55〜64歳が前年同期比11.1%減と唯一2桁台の大幅な減少になっていることが特徴として挙げられる。この年齢階級の正規雇用者は比較的高い伸びをしていたことから推測すると、正規雇用者のままであれば定年延長で勤務を継続しても、非正規雇用者での定年延長では雇用条件が大幅に悪化して退職する人が多くなることは予想できる。減少は6月から顕著になっており、コロナ禍によって労働条件を大幅に切り下げられた影響とみられる。
一方、女性は15〜24歳同15.0%減、25〜34歳同9.8%減など若い年齢階級ほど減少幅が大きいのに対し、65歳以上は同0.5%増と前年水準を維持している。もちろん、高齢者人口が増えている効果は無視できないが、サービス業や小売業など若い女性の非正規雇用雇用が多い職場がコロナ禍の影響を受けているためと考えられる。これはコロナ禍が一巡すれば雇用の回復を期待できても、外国人観光客も含めて需要回復には時間が掛かり、元の水準に戻ることは当面、予測できない。
今回の景気循環で現在は従来と同様に削減しやすい非正規雇用者が先行して雇用調整が始まった段階で、まだ社会全体の雇用不安が生じるところまでには至っていない。社会問題になるかどうかは雇用調整の正規雇用者への波及次第だが、既に正規雇用者の削減計画を公表する企業が出現してきており、実施が本格化するのはこれからになる。結果、正規雇用者の減少が避けられないと予測され、その幅によって深刻度が異なる。
それは今後の景気回復力によるが、一時的には実質GDP成長率が持ち直しても、先行ピークの19年7〜9月期水準にまで戻るのは21年度まで持ち越す可能性が高い。加えて、コロナ後の就労形態の変化が予想され、雇用回復は見通し難く、楽観はできない。また、景気だけでなく、外国人労働力の導入規模がどうなるかの問題もあって単純ではないが、日本人の労働力人口の減少が着実に進むことは確実で、景気回復力が弱くても雇用問題はそれほど深刻にはならないのではないか。それよりも長期的にほぼ横ばい水準で推移し、世界水準でも高くなくなっている賃金の引き上げが重要課題になると考えられる。そして、それは外国人労働力にとって日本で働く魅力にも関係する。
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高齢者就労時代に生産性の向上は可能か
この2015年12月1日付け、18年10月1日付けの経済レポートでそれぞれ女性、高齢者の就業の増加を取り上げた。近年の就業構造の臨時・パート雇用化に加えて労働力不足から、女性の就業化が促進されてきた。また、年金支給開始年齢が60歳から65歳に引き上げる対策として、政府が企業に65歳まで雇用延長を要請した影響もあって、男女共に高齢者の就業率が高まっていることを示した。女性の就業率は結婚、出産後の20〜30歳代の就業中断、いわゆるM字曲線の解消が進み、男性に近い形になってきた結果、最近はM字曲線の解消による就業率の上昇効果は頭打ちになっている。
少子化による人口の減少が予想され、雇用増を若・中年の女性に期待するのが難しくなれば、男女を問わず高齢者への期待が高まる。これまでも高齢者の就業率は着実に高まり、19年の5歳年齢別でみると、60〜64歳の就業率は70.3%(総務省統計局「労働力統計」)に達している。統計が集計された初年の1968年から2013年までは50%台の推移だったが、14年に60%台になり、それが6年後には70%台に乗せた。この68〜13年までの間に、就業率は65〜69歳で38.7%から48.4%、70〜74歳で23.3%から32.3%であり、高齢者の就業意欲は高まる傾向にある。
今後に関しても、年金支給開始年齢を70歳に引き上げる可能性が高まっており、同時に企業は70歳までの雇用が求められる。また、年金額を抑えるマクロ経済スライド制度によって実質年金額が減少し、長寿命化への備えもあって、高齢者就業率は上昇していくと予想できる。もちろん、景気との関係が無視できず、近年の高齢者の就業の伸びは労働力不足の影響がある。
一方、就業率では人口だけでなく、日本の年齢別人口構成も影響する。景気は別として、年齢別人口構成では1947年から49年の団塊の世代の出生数が年間270万人近くになり、人口規模が大きいことで社会に大きな影響を与えてきた。団塊の世代は昨年の19年段階の年齢でみれば68歳から70歳になり、人口規模が大きいため、就業率が高くなれば相乗効果で人手不足軽減に貢献してきたといえる。
ただ、19年1月1日現在の5歳年齢別人口規模(総務省統計局「人口統計推計」)のほぼ18年人口では、日本人人口は一部が団塊世代になる65〜69歳の917万人を、45〜49歳の956万人が上回る。45〜49歳は1970〜74年生まれになり、これらの年齢は団塊ジュニアの71〜74年生まれが大部分だが、出生数は最大でも73年の209万人に留まる。
対象年齢の5年間の出生時の人数は65〜69歳の1,105万人が45〜49歳の1,010万人を1割も上回っていた。しかし、出生後の死亡のほかに海外転出などの要因によって、65〜69歳の減少数が大きいためである。ちなみに、出生から18年までの間で65〜69歳は17.0%減になり、45〜49歳の5.3%減を大幅に上回る。
1946年までの戦時中と敗戦直後の出生数は不明だが、70〜74歳の19年1月1日現在の日本人人口が828万人であることから、65〜69歳を下回っても出生数は比較的多かったと推測できる。これに対して、65年以降の出生数は団塊ジュニア世代まで年間200万人を大きく下回る水準の推移で、50〜64歳人口は顕著な谷間になっている。
団塊の世代を含む65〜74歳の高齢人口は高出生に支えられ、現在でも人口規模が大きく、かつ同一年齢間比較では就業率を高め、これから暫くは人口減少傾向下における労働力不足を補うと予測できる。これは数の維持には期待できる一方、就業者構造は高齢化することになり、質面、つまり労働生産性の維持、向上がこれからの課題になる。
政府は年金対策で高齢者就業と同時に女性の就業促進に取り組み、労働環境を大きく見直す働き方改革を進めている。この改革は単に労働時間を短縮するだけでなく、労働生産性の向上も政策課題にしている。理由は先進国の中で日本の労働生産性が低いことに注目が集まるようになったことにある。労働力人口が増えない中で、現状のままで労働時間を短縮すれば、GDPの伸びを抑える結果になる。つまり、GDPを維持、向上させるには時間当たり生産性向上が不可欠になる。企業が労働時間を減少させても生産、売上を維持・増加できるように努力し、生産性を伸ばす契機にする考えである。
ところが、長寿命化は健康で元気な高齢者を増やし、高齢者の就業率向上の要因でもあるが、高齢化に伴う体力、気力、知力などの衰えは避けられない。個人差は大きいため一律にはいえないが、平均的には高齢化に伴って低下する。その一方で、就業して仕事を覚えて習熟するには時間が掛かり、若年層の生産性は低い。ただし、就業後の若年層は生産性の上昇が期待ができる。年齢別の生産性の指標はないが、高いのは20年代後半から50代頃までと考えられる。
5歳年齢別就業者数では人口構成を反映して、19年で45〜49歳の847万人をピークとして、その前後で図のように減少する山型になる。このピークの年齢層の生産性は年齢から判断して、これからか低下の方向になることは避けられず、全体としても年齢構成では下降傾向になる。短期的には団塊世代、中期的には団塊ジュニア世代が高齢就業者になって人数の面では支えても、それが生産性向上の足枷になることが懸念される。
長期的にはより厳しい。出生数は年間200万人を越えた団塊ジュニア以降、急速に減少している。現在15歳年齢の84年から出生数は150万人、2016年から100万人を下回り、19年には推計値で84万人まで減少している。つまり、これから生産性向上を支える若い就業者が長期的に急速に減少するのは避けられない。
当面の対策として、高齢者でも生産性を維持、向上させる技術開発が必要になるが、それは若者より高齢者の方が生産性は高くなる技術でなければ、国際競争の面からは効果が無いことになる。現実にそのような技術があるか期待し難い。
とすれば、外国人労働力の導入が必要になる。現状は総務省統計局「人口統計推計」の19年1月1日現在のデータで、日本人人口1億2,419万人に対し、総数1億2,632万人であり、日本人以外は213万人、日本人に対し1.7%でしかない。就業者の高齢化を防ぐには1千万人規模の外国人労働力導入が長期目標になるが、そのように政策転換しても、期待する人材が来てくれるだけの魅力が日本にあるかどうかが問われるようになる。
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雇用全体では増えても正社員は減少の方向に
今年5月1付けのこの経済レポートで、労働市場は需要の高い伸びから労働力不足が続いているが、厚生労働省「一般職業紹介状況」の有効求人数(新規学卒者を除きパートタイムを含む)は18年12月をピークに、レポート時点での最新の19年3月まで減少しており、「労働市場の潮目が変化」したことを指摘した。ただし、有効求職者数も同様のテンポで減少していたため、有効求人倍率は横ばいの推移になり、一般的には労働市場の変化に着目する人はほとんどいない。
その後は一般職業紹介状況で雇用需要の変化を取り上げる事例も見られるようになったが、現実の雇用者数はまだ拡大を続けているため、労働市場の変化に着目する専門家はいないようである。有効求人数の変化から半年ほど経ち、雇用者数の統計にもその影響が顕在化してきた。
総務省統計局「労働力調査」の2018年の実績で、就業者6.664万人のうちの9割ほどの5,936万人が雇用者で、その94%の5,605万人が役員を除く雇用者(以下、雇用者は役員を除く雇用者)になる。雇用者は正規の職員・従業員(以下、正社員)とパート・アルバイト、派遣社員、契約社員などの非正規の職員・従業員(以下、非正社員)に分けられる。今回の景気回復で回復が遅れていた正社員も14年が底になり、その後は以前から雇用が増えていた非正社員と正社員のいずれも長期的に増加している。それでも、企業は非正社員化を進めているのを反映して、正社員の比率は低下傾向にあり、18年の正社員と非正社員の比率は62%対38%である。
雇用者数は季節的要因で変化するため、前年同月比の推移を比較しやすいように年別に月間の推移を図にすると、18年の雇用者数全体は17年の水準を大きく上回り、企業が積極的に雇用を増やしていたことが窺える。そして、19年に入っても増加人数は徐々に縮小傾向であっても、10月でも前年同月を0.8%上回る43万人増と拡大を続けている。これから判断すれば、有効求人数の変調は雇用者数にまで波及していないように受け取れ、まだ労働市場への関心が高まらないのは当然といえる。
ところが、正社員と非正社員で分けると状況は変化してきている。正社員は19年8月から2カ月連続で前年水準を下回るようになり、10月は前年同月より4万人増えているが、公務が11万人増えており、民間は減少である。公務を除いた民間では、7月から10月まで4か月連続の減少になる。一方、非正社員は10月も前年同月比で40万人増であり、非正社員の増加数が正社員の減少数を上回っているため、全体として雇用者数は増えている。労働市場の変化は見え難いが、正社員雇用の減少は労働需給の兆しといえる。
景気は18年後半以降から悪化の兆しが見られるようになり、先行き不透明な状態であれば、人手不足状態で雇用を増やすとしても非正社員になる。その採用方針の変化が正社員と非正社員の雇用変化になって現れてきた。かつて、非正社員の雇用が増える一方、正社員は遅れていたため、雇用は全体として改善しても、雇用不安は解消しないことが問題になっていた。それが15年から正社員の雇用も拡大傾向になり、雇用不安から一転、人手不足が問題になった。現状ではまだ人手不足の産業も多く、全体として雇用も増加している状況にあるため、雇用不安が広がってはいない。ただし、一部の企業・産業で早期退職募集の動きが出始めているのを懸念材料として指摘する専門家も出始めている。
もちろん、景気がマクロで悪化傾向にあっても、産業別では乖離は大きく、労働市場も同様である。主要産業別の雇用者数は月によって前年同月比増減の変化は大きいが、雇用全体で最近でも基調として増えている産業として、運輸・郵便業、教育・学習支援業、医療・福祉などが挙げられる。反対に減少が顕著なのは個人消費の影響を受ける卸売・小売業である。
うち、正社員で増えているは、雇用全体が増えている3産業の中で医療・福祉だけである。医療・福祉は人手不足の代表的産業の1つで、かつ景気変動の影響を受け難い産業だが、それでも5月以降の伸び率は低下している。一方、教育・学習支援業は頭打ち、運輸・郵便業は微減だが8月から10月まで前年を下回っている。卸売・小売業は7月以降、顕著な減少傾向にある。
また、非正社員は運輸・郵便業、教育・学習支援業、医療・福祉のいずれも増やしており、特に、運輸・郵便業の増加が目立っている。人手不足・人件費上昇対策として非正社員を採用していると推測できる。正社員を増やさずに非正社員を増やしている教育・学習支援業はもともと正社員比率が約6割と低い。労働需給が逼迫状態から緩和傾向に転じつつある状況下、それぞれの産業特性を反映した雇用変化になっている。
労働市場はマクロ景気から遅れて変化する遅行指標だが、今回の景気転換に関しては従来より遅れている。労働力人口の減少、なかでも若年労働力の大幅な減少から、企業は将来の企業を支える労働力の確保を考慮し、景気が悪化しても新規採用や雇用の削減は控える傾向にあるためと推測できる。
今後の雇用がどうなるかは景気次第だが、景気が下降に向かう可能性が高く、それほど遠くない時期、年度内か新年度早々には非正社員の雇用も頭打ちから減少に転じると予想され、労働市場の需給変化が誰の目にも明らかになるのではないか。ただ、それでも外国人労働力が急速に増やせるとも思えず、日本人の労働力人口が増えない状態では、当面、深刻な雇用問題が生じることは考え難い。
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有効求人倍率の横ばいは求人・求職両方の減少によるー求人減で労働市場の潮目が変化
高い有効求人倍率に見られる労働市場の逼迫、求職者数を大幅に上回る求人数は、少子高齢化による労働人口の減少に原因があり、経済の低成長下で好調な労働市場はまやかしという批判がある。この批判は一面では正しいが、現実に労働需要が伸びてきた面をみていない問題がある。
厚生労働省「職業安定統計」の一般職業紹介状況の求職者数(以下、特に説明がなければ全て季節調整値)で労働者の求職状況の推移をみると、新規求職申込件数(新規学卒者を除きパートタイムを含む)はすでに2009年1月の69万9,577件、それ以前に求職申請して有効な求職者として残っている人も含めた有効求職者数(同)でも10年4月の301万118人をピークに減少一途である。最近時の19年3月はそれぞれ39万6,124件、173万6,185人であり、ピーク時の57、58%水準と大幅に減少している。これは少子高齢化の影響もあるが、景気回復による雇用増効果は無視できない。現実に総務省統計局「労働力調査」で就業者数、雇用者数は伸びている。
もともと労働力を年齢で区切るのは統計の便宜上でしかなく、正確に労働力数は計れないため、潜在的な失業者を含めた全求職者数は不明になる。この間の職業安定統計にみる求職者数の減少は、少子高齢化の影響と雇用増が合わさった結果である。つまり、有効求人倍率が高水準であるのは分母の求職者数が減少している一方で、分子の求人数が増えているためである。これから判断すれば、高い有効求人倍率を経済政策の効果とするのは過大評価だが、雇用の質は別として量面では雇用は順調に伸びていたといえる。
ところが、労働市場に変化の兆しが現れてきた。もともと労働市場は景気に対して遅行指標で、変化が遅れる傾向にあるが、昨年末頃からの景気の変調が労働需要にも表れ始めた。有効求人倍率は3月も1.63の高水準で、これは18年10月の1.62を除いて同年8月以来の横ばいである。この倍率だけをみれば、労働市場は好調に推移し、変化は現れていないことになる。
しかし、求職者数が減少基調にあることから考えれば、求人数も減少していることになる。もちろん、景気回復によって雇用が増えて就労できれば、求職者数は減少するが、人手不足状態になれば、常に存在する一定の転職希望者を除けば、労働人口によって変化する、つまり労働人口が減少すれば、景気状況に変化が無くて求人数は横ばいでも、有効求人倍率は上昇する。
かつてのように人口増加、労働力が増えているときは、有効求人倍率で労働市場を評価できたが、人口減少、労働力減少の時代になれば、景気との関連では求人数が労働市場の判断材料になる。このため、有効求人数(新規学卒者を除きパートタイムを含む)をみると、18年12月の281万人をピークに19年3月の277万人まで、19年年初からの3か月間で1.7%減である。この間、有効求職者数も同様のテンポで減少していたため、有効求人倍率は1.63の横ばいに留まったことになる。
有効求人数は17年8月までは前月比で微減の月もあったが、着実に増加してきた。それ以降は一進一退傾向になったが、18年中は基調としては微増でもプラスは維持していた。それが年が明けて3か月連続の減少で、求人の基調が明確に変化したと判断できる。また、新規求人数は19年2月までは一進一退の微増の推移であったが、3月に95.7万人、前月比4万人、4.0%減の大幅な落ち込みになた。3月の減少幅は異常としても、労働市場環境が変わってきたことは明らかである。
今回のこの労働市場の変調の特徴として、ほとんど全ての分野で悪化していることが挙げられる。有効求人数、新規求人数を新規学卒者及びパートタイムを除くとパートタイムで分けると、図に見るように有効求人数は18年12月をピークに3か月連続、新規求人は19年3月に急減し、ほぼ同様の推移である。
産業別は季節調整値が無いため前年同月比でみると、19年3月の新規求人数(新規学卒者を除く)は全体が7.3%減で、主要11産業全てが減少である。ただし、医療・福祉0.8%減、建設業1.6%減などは減少幅が小さい。ほとんどの産業で雇用状況が悪くなれば、パートタイムも含めてほとんどの雇用が横並びで悪化するのは当然である。
また、低金利政策で収益が厳しいメガバンクはすでに大幅な人員削減を公表しており、19年入って協和発酵キリン、ルネサスエレクトロニクス、コカ・コーラ、カシオ計算機など大手企業の早期退職募集が相次いでおり、雇用環境の変化、潮目の変化は顕著である。ただし、変化したといっても、有効求人倍率が短期的に1を下回るほど急激に悪化し、現状の人手不足状態から、失業者増状態に変化するまでは予想できないが、徐々に人手不足が解消に向かう可能性は高い。
3月の一般職業紹介状況の発表に対し、有効求人倍率で評価して高水準横ばいとする見方が多く、その背景にある変化を指摘する意見はあまりみられなかった。日本の社会構造の変化に対応して実体経済を分析しないと判断を誤ることになる。最近、問題になっているデータの不正は論外だが、少なくとも実態が悪化している統計は信頼できる。それを冷静に評価する能力が問われて、一般職業紹介状況では有効求人倍率だけでなく、少なくとの求人数の確認が欠かせない。
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何歳まで働くのか、何歳まで働けるのか
労働力不足が深刻化する中で、この経済レポートでも高齢者と女性の就業増が顕著であることを指摘し、一般的にもこの就業状況が認識されるようになっている。労働力需要の変化は経済動向によるが、日本経済は世界不況の契機になった2008年9月のリーマンショック前の同年2月にピークを打った。その後は世界各国の景気対策によって世界経済は底入れし、日本経済は輸出主導で09年3月をボトムに回復に転じている。労働力需要は経済変化の遅行指標であり、10年には回復に転じていると推測できるが、11年は東日本大震災によって統計が発表されていないため、12年からの統計で就業状況を分析する。
男女別では、女性の就業は就業率(対人口比)で着実に上昇し、5歳年齢別の25〜29歳から55〜59歳までの20代後半から50代までが、17年、18年前半は70%台である。これらの各年代間で12〜18年上期までの5年半での上昇幅を見ると、最小の45〜49歳で73.0%から77.3%へと4.3ポイント、最大の55〜59歳は62.6%から71.3%へと8.7ポイントである。55〜59歳は女性の就業化と高齢者の就業増の2つの効果が合わさって高い伸びになっている。
ただし、各年別のいずれも上昇幅は16年ごろから頭打ち傾向がみられる。特に、45〜49歳は17年の77.5%から18年上期に77.3%へと低下しており、年間と半期の統計期間の要因を考慮しても、伸びの頭打ち傾向は明らかである。経済要因は別として、女性の非婚率が今後も高まり、基調として女性の就業率は上昇が予想できるが、そのテンポは穏やかなものに留まろう。
一方、30代から50代の男性はいずれも18年上期は90%台であり、もともと就業率が高水準であったため、12年からの景気回復による就業率の伸びは僅かである。男女間の就業率格差はまだ大きく、格差が認識されないほど縮小するには、社会構造変化、日本人の意識改革なしには考えられない。
このため、これからの就業増要因としては、従業率の上昇が続いている高齢者の就業化が重要になる。就業率は男性が40〜44歳でピークになり、その後は高齢化が進むに従って徐々に減少し、60〜64歳からは5歳階級毎でいずれも急減に向かっている。そして、85歳以上でも一定数の就業者がいるのは経営者や自営業者と推測できる。一方、女性は25〜29歳で一度ピークになって減少した後、45〜49歳で25〜29歳よりも水準は下回るが、再度ピークを迎える。そして、60〜64歳から急減するのは男性と同様である。
高齢者の就業を考える場合、年金収入との関係が大きいと考えられる。現在、公的年金は従来の60歳支給から65歳支給に向け、13年度から男女で支給開始年齢に格差を付けて始まった段階的移行期間中である。ただ、12年からの男女の就業率の推移ではその影響は顕著に現れていない。
今回の65歳支給開始への年金支給制度の改悪による収入面での将来不安より、既に68歳、さらには70歳への支給開始年齢の延期が話題になっている。現在の受給額が大幅に減額になることはなくても、実質ベースでの保証は期待できないと思っている人が大部分であろう。かつ長寿命化による医療費や介護費の負担による不安が大きいため、富裕でない一般の国民は年をとっても働き、貯蓄志向が強いと考えられる。これは政府やマスコミが景気回復を強調しても、個人消費の不振が続く実態とも一致する。
もちろん、将来不安から働きたくても労働需要がなければ働けない。近年の労働需要が強い状況で、高齢者の同年代でみて年々、就業率が上昇する一方、60〜64歳から年をとるほど就業率が急速に減少している現象の要因として、需要側と供給側の需給の両方が考えられる。
需要側の企業は仕事の効率化から、同じ労働者に長く働く可能性のある相対的に低年齢者、かつ低賃金で雇用できる労働者を求める。しかし、現実には低賃金で雇用できる若者の人口は減少し、需給が逼迫していれば、高齢者を雇用するしかない。長期雇用は期待できなくても、年金収入がある高齢者は低賃金で雇用できる。また、不況時には解雇もし易いメリットがある。これは近年、上昇してきた高齢者の就業率が不況時には低下する要因になる。ただし、失業率では就労活動しない人は労働力に含まれないため、統計で失業率が高まるかどうかは不明である。もともと、労働力人口は65歳までで、それ以上は労働力統計の労働力人口には含まれない。
一方、供給側の労働者は将来不安から収入を得るため、また仕事をせずに何もしないと体に良くないと考える人も多く、一般的に就業意欲は高い。それが高齢労働者需要の拡大に伴って高齢者就業率の顕著な拡大をもたらしている。定年が始まる60〜64歳の男性の就業率が18年上期でも80.8%であることがそれを裏付けている。
ただし、需要が現実に就業するかどうかは個人差が大きいと考えられる。18年上期で60〜64歳が高水準でも、55〜59歳からは10ポイントほども就業率が低下している。就業意欲があっても、働けない体調になれば諦めるしかない。高齢化が進めば働けない人が増えるのはやむを得ない。
また、年金が60歳から貰えなければ、就業率がもっと高くなっても不思議ではないが、退職金や企業年金で一定の生活水準を維持できる人は少なくない。収入や貯蓄があっても就業意欲はあると思えるが、仕事内容が自分の希望と合わなければ就業意欲が湧かない人もいる。これらを合わせて10ポイントほどの低下をもたらしているのであろう。
65〜69歳は60〜64歳に対して20ポイント前後も減少し、その後も高齢化に伴って急速に就業率は下降している。その一方で、75〜79歳までは今回の人手不足状況の下で、就業率が低水準でも増加する傾向にある。80〜84歳は増加してもそのテンポは極めて穏やかになり、85歳以上はほとんど頭打ちである。これから判断すれば、人手不足状態においては80年代前半、少なくとも70代までは働く意欲と体力のある人は働ける可能性があるといえる。
また、高齢者の労働供給では1947〜49年生まれの団塊の世代の中心が70歳になる問題がある。急速に労働市場から退出する年代に入っており、高齢者の供給は減少過程にある。経済環境は変動するため、その時々で労働需要がどうなるかは不明だが、供給面からは就業機会の拡大要因になる。
ただし、政府は経営者側の要望を受けて、形式は別として低賃金の外国人労働力を導入する方向にある。現状の実習生制度や留学生によるバイトによる高齢労働力需要の影響は小さいが、外国人労働力の導入が本格化すれば、大きくなる可能性がある。その場合は働きたくても働けない高齢者が増えることになる。
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労働力不足を技能実習生と留学生に頼る現状で良いのか
政府は「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で新たな在留資格を設け、最長10年の就労を可能にする方針を決め、来年4月から実施する予定である。これにより外国人労働者は3年から5年の技能実習を修了するか、業種ごとに導入される新たな試験に合格すれば、さらに最長5年の就労、最長10年間就労できることになる。
現在、日本では高度の専門的な能力、熟練した技能、知識などを有する人材以外の一般的な労働者は、技能実習生としてか、または留学生のアルバイトとして就労が認められている。技能実習の建前は母国の発展に貢献できる人材の育成、留学生は日本で高等教育を受けるための資金の確保が目的だが、現実には国内の単純労働力の不足を補う手段になっている。
今回の景気回復局面での雇用の推移をみると、有効求人倍率(季節調整値、パートを含む)が1を超えたのは13年11月、同(同、パートを除く)が1を超えたのは14年11月からで、29年まで上昇の一途で、最近は頭打ちの傾向がみられるが、高水準の推移である。また、就業者数は12年が底になり、前年比で13年46万人、14年45万人、15年30万人、16年64万人、17年65万人のいずれも増加である。この有効求人倍率と就業者数の推移から、15年頃から人手不足状況になり、16年頃からそれが深刻化しているといえる。
法務省「在留外国人統計」によると、2017年末の留学者は31万1,505人、技能実習生は27万4,233人である。12年末からの技能実習生と留学生の推移は、日本の労働市場の動向を反映している。技能実習生は17年11月からそれまでの実習期間3年から5年に延長されているが、17年末の統計ではその影響は少ないと考えられる。
能実習生は増加基調が続いており、前年比で12年末9,483人、13年末3,729人、14年末1万2,420人、15年末2万5,029人、16年末3万5,944人、17年末4万5,645人のいずれも増加で、14年末からは加速がついている。また、留学生は10年末の20万1,519人をピークに、12年末の18万0,919人まで2年連続で減少した後は増加し、16年末、17年末は2年連続で前年比3万人以上の増加である。
うち、大学・大学院生の留学生は文部科学省「学校基本調査報告書(高等教育機関)」で16年をみると、全留学生11万2,089人中、国費留学生9,123人、私費留学生10万2,966人と私費が大部分になっている。本来の目的は勉学だが、日本でアルバイトで稼ぐのを目的としている留学生は少なくないと推測でき、それが日本の労働市場の影響を受けて大きく変動している要因と判断できる。
もちろん、勉学が本来の目的であるため、アルバイト時間は学業に支障がない範囲に制限され、週28時間になっている。週1日の法定休日がアルバイトにも適用されるため、学校が休みの土曜日か日曜日に8時間働くとして、残りの5日間で平均4時間労働になる。これでは平日に毎日学校に行きながらアルバイトすれば、十分な勉強時間が確保できるとは思えない。逆に、アルバイトを主として違法な長時間労働や複数就労によって28時間以上働くのは、マイナンバー制度は留学生も対象になるため、一般的な企業の就労では難しいと推測できる。
図から明らかなように、留学生と技能実習生の差が縮小傾向にあり、その差は14年の7万6,899人から、17年には3万7,272人になっている。企業が留学生のアルバイトよりも技能実習生の採用に力を入れていることを反映していると推測できる。19年の滞在期間の3年から5年への延長、そしてさらに5年延長する今回の方針は、留学生は専門学校も含めて生徒数に限界があり、学生としては長時間労働であっても、一般労働者には労働時間が短く、使い難いという経営者側の要望によるのではないか。もともと、学生バイトに大きく依存する構造が間違っている。
また、留学生と技能実習生の出身国は、留学生は17年末で中国が12万4,292人、全体の40%を占め、突出した1位で、第2位のベトナムは7万2、268人と大きく下回っている。ただし、中国がピークの10年末の13万4、483人から、14年末に10万5,557人で底を打って回復傾向でもまだ下回っているのに対し、ベトナムは増加一途である。17年末の留学生は以下、ネパール(2万7,101人)、韓国(1万5,912人)と続いている。
一方、17年末の技能実習生はベトナムが12万3,563人、全体の46%を占めて第1位で、中国は第2位の7万7,567人であり、留学生とは逆になる。ただし、15年末までは中国が第1位であり、ベトナムが急速に増やしてきた結果である。また、技能実習では17年末の3位以下は、フィリッピン(2万7,809人)、インドネシア(2万1,894人)、タイ(8,430人)などが続いており、いずれも急速に増加している。
中国は経済発展によって労働力不足傾向になり、賃金が急上昇している。結果、日本に仕事を求める需要が低下し、それが日本で働く技能実習生の頭打ちとなって表れている。その穴埋めとして、ベトナムをはじめとする東南アジア諸国に技能実習生を広く求めるようになっている。東南アジア全体としてみれば、人口は多く、さらにはインドも可能性があり、技能実習制度は人材確保策としては有効に働いてきた。今回の最長10年間の技能実習制度は、それをより確実なものにすると期待はできるかもしれない。
しかし、技能実習生は来日までに多くの費用を支払い、職場を変える自由もなく、違法に低賃金で長時間労働を強いられているものも少なくない。期待していた労働とは異なると反感を持つ技能実習生も多い。また、単なる労働力として長期間働かせて帰国するだけの政策に対して、人権問題とする意見もある。日本側の都合だけを考えた政策が、長期的に上手くいくとは思えない。期間延長だけでなく、禍根を残さないために、技能実習制度自体の見直しを優先すべきである。
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低成長下の労働者不足は労働時間短縮が原因
人手不足倒産が話題になるほど労働需給の逼迫が深刻化しているが、経済成長は低水準の推移である。実質GDP成長率はリーマンショック後の世界不況の影響で2008、09年度に2年連続のマイナス成長後、10年度から3.2%増、0.5%増、0.8%増、2.6%増、0.3%減、1.4%増、1.2%増、そして17年度速報は1.6%増の推移である。比較的高い成長があっても、それは1年だけで終わり、基調としては1%台程度の成長でしかない。
企業は常に労働生産性向上に務めており、従来であれば1%台程度のGDP成長は労働生産性の向上で吸収され、労働力需要の増加効果はほとんど無いと考えられる。逆に、労働需要は減少し、失業問題が深刻化しても不思議ではない。ところが、現実には有効求人倍率(含むパート)はマイナス成長を記録した14年度に1.11まで改善し、求人数が求職者数を上回った。その後も倍率は上昇を続け、17年度は1.54にまで達している。最新の18年5月実績は1.60である。また、当初はパートの求人の伸びが目立っていたが、最近では正職員の求人も増え、17年度のパートを除いた有効求人倍率は1.41と高水準に達している。パートを含めた倍率よりは低いが、求人難状態にあることでは変わりはない。
GDPが伸びなくても雇用が拡大する要因としては、GDPが付加価値であるため、産業構造が低付加価値で雇用吸収力の高い、労働集約型産業の比重が高まる方向への産業構造変化が考えられる。また、産業構造は変わらなくても、パート雇用が伸びているように、短時間労働者の増加から、結果として経済成長に対して、相対的に雇用の伸びが高くなっている可能性もある。
どの要因に依るかは産業別の労働時間の推移によって判断できる。就業者の9割近くを占める雇用者の年間労働時間が内閣府「国民経済計算」で公表されている。16年度までの数字しか分からないため、雇用者数が近年の底だった11年度から16年度までの5年間でみると、全産業平均は1,779.5時間から1,738.1時間へと2.3%減、年率0.47%減である。
この5年間の労働時間は毎年減少で、この間で比較的高成長だった13年度も労働時間が短くなっていたのは注目される。ただし、その前年の10年度から11年度にかけては年間1,775.4時間から1,779.5時間へと増えていた。ちなみに、この11年度からの5年間で、全体の雇用者数は5,648万人から5,890万人へと4.3%増、年率0.84%増で、人口減少傾向の中でも高齢者や女子の就業率が高まることで就業者数は増えている。
景気変動と労働時間、雇用者数の関係は、不況期には仕事がないため労働時間、雇用者は減少する。そして、景気が回復に向かって仕事が増え始めても、当初は労働時間の延長で対応する。その後も景気回復が続き、上昇してくれば、労働時間の延長では対応できなくなり、雇用を増やす。一方、労働時間の増加は頭を打つようになる。
従来であれば、このような労働時間と雇用者数のサイクルになるが、近年はこの関係が崩れている。16年度の有効求人倍率はパートを含めて1.39、パートを除けば1.23であり、人手不足倒産が話題になり始めた17年度より低くても、労働力不足状態であることに変わりはない。当然、採用が困難な労働市場の状況であれば、労働時間が減ることは考え難い。
ただし、産業別では少し様相が異なる。主要産業の中で、製造業の年間労働時間は12年度を底に15年度まで増加してきたが、16年度は前年度より4.9時間減少して1,953.3時間である。うち、自動車産業の比重の高い輸送用機械はこの5年間増加しており、16年度は2,054.9時間になっている。これでもかつては2,100時間を超えていたことから考えれば、高水準とはいえない。
また、景気対策やオリンピック需要で人手不足が深刻といわれる建設の年間労働時間は、14年度までは増加していたが、15、16年度は2年連続の減少である。それでも、16年度で2,044.5時間にもなり、輸送用機械に近い。この間は2,000時間を超えており、長時間労働産業の代表になる。長時間労働では運輸・郵便業も同様だが、減少を続けて6年度は2,019.0時間である。17年度には宅配便ドライバーの労働問題が発生するほど長時間労働への反発は強く、2,000時間を切るのは近いのではないか。産業・企業のイメージとしても2,000時間大台を割り込む効果は大きく、早ければ18年度にも実現するかもしれない。
これらに対し、もともとパート労働依存率が高く、平均では大幅に労働時間の短い卸売・小売業や宿泊・飲食サービス業は、一段と減少が続いている。消費者の節約行動を反映して、価格引き下げのためのコスト削減努力の反映と推測できる。パート労働比率を高めるだけでなく、パート賃金が上昇しているため、労働時間をできるだけ減らす努力をしている影響ではないか。
全体としてみれば有効求人倍率の上昇にみられるように、採用が困難になっている中で、各産業・企業は労働時間の短縮に務めているといえる。その背景にはブラック企業批判、過労死問題などから長時間労働への社会的関心が高まってことが挙げられる。加えて、行政の指導が厳しくなっている影響も考えられる。また、人口の減少が続く新卒者は長時間労働企業を避ける傾向が強まっており、その採用対策も考えられる。いずれにしても労働時間短縮努力は今後も続けられると予想でき、そのためには雇用を増やすか、労働生産性の向上が必要になる。労働生産性の向上が短期的には難しければ、雇用増しかなく、それが低成長下での労働市場の逼迫現象をもたらしていると考えられる。
そのいずれも困難なために、経営者は労働時間を意識しなくて済む、働き方改革の高度プロフェッショナル制度導入を求めているのであろう。それが実現しても、多くの労働者が対象になるまで賃金水準引き下げなければ、経営者にそれほどメリットはない。メリットがでてくる水準にまで引き下げられた場合、高プロ社員の多い企業は実態としてブラック企業になるが、それで企業が発展するとも思えない。
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